34.束の間の平穏
老人は、影縫で床に縫い止められたまま、こちらを睨みつけていた。
白髪混じりの髪。深い皺。
だが、その目だけは異様に鋭い。
「さて」
俺はしゃがみ込み、老人と目線を合わせる。
「いくつか聞きたいことがある。答えてもらおうか」
老人は鼻で笑った。
「誰が話すものか」
即答だった。
……まあ、そうだろうな。
俺は小さく息を吐き、闇魔法を発動する。
「……催眠」
黒い靄が老人の周囲に広がる。
ユリアにも使った闇魔法だ。
精神に干渉し、抵抗力を削っていく高度な術式。
老人は顔を歪めた。
「ぐ……っ」
かなり抵抗している。
だが……ユリアほどではない。
ユリアは十分以上耐えた。
精神力も、魔力操作も異常なレベルだった。
それに比べれば、この老人はまだ崩せる。
黒い影が老人の視界を覆い、じわじわと意識を侵食していく。
「答えろ」
俺は低く問いかける。
老人の焦点が徐々にぼやけていった。
数分後。
ついに、老人の瞳から力が抜けた。
ユリアより早い。
どうやら、戦闘能力だけでなく精神面でも、ユリアはかなり特殊だったらしい。
さて、この尋問で、衝撃の事実が発覚した。
この老人は、この国のとある大物貴族の命令で動いていたらしい。
その貴族は、王に反乱を起こし、この国を乗っ取ろうとしているようだ。
そして、そのために長い時間をかけて準備を進めていた。
学園での事件も、その計画の一部。
アルフォンス王子とエレノアを殺害し、国内に混乱を起こす。
その隙に反乱を起こす予定だったという。
……随分と大掛かりだ。
ドラゴン。
武闘会。
舞踏会。
文化祭。
全部、繋がっていたわけか。
だが、老人によると、計画はまだ準備段階で、決行はずっと先のことらしい。
俺を狙っていたのは、計画に邪魔だと判断されたからだ。
まあ、犯行現場を嗅ぎ回ったり、色々やってたからな。
その貴族の名前を聞いてみたが、それは老人も知らないらしい。
老人やユリアは、計画の中だと下っ端。
必要以上の情報は渡されていないようだ。
……フーム。
かなり慎重な相手だな。
だが、収穫は十分大きい。
少なくとも、俺の冤罪は晴らせる。
それに、国家規模の陰謀が存在することも分かった。
俺は老人を縛り直した後、岩場の内部を調べ始めた。
中には大量の資料や装置があった。
結界関連の記録。
ゴーレム制御装置。
学園内部の地図。
暗号化された連絡文書。
怪しいものはいくらでも出てくる。
だが……その“大物貴族”に直接繋がる証拠だけは、ほとんど見つからなかった。
「徹底してるな……」
本当に用心深い。
老人ですら正体を知らされていないのだから当然か。
だが、それでも十分だ。
俺は証拠になりそうなものを回収し、老人を連れて岩場を後にした。
◇ ◇ ◇
翌日。
俺は老人を連れて学園へ戻った。
学園に着いた瞬間、教師たちがざわつく。
「ノワール……!?」
「待て、そいつは……」
警戒する空気。
まあ当然だ。
今の俺は文化祭襲撃事件の容疑者だしな。
だが、俺は冷静に証拠を差し出した。
回収した資料。
装置。
老人の証言。
それらを順に説明していく。
教師たちの表情が、みるみる変わっていった。
「なんだと……」
「そんな陰謀が……」
「王子殿下を狙って……?」
やがて、俺は学園長室へ通された。
重苦しい空気の中、老人が引き渡される。
先生たちが陰謀について学園長に説明し、俺も補足する。
その後で、俺は解放された。
さて……。
これで、ようやく冤罪は晴れた。
長かった。
ドラゴンから始まり、武闘会、舞踏会、文化祭……。
気づけば、とんでもない陰謀の真ん中に立たされていた。
それが今、ようやくひと段落ついた。
だが、終わったわけじゃない。
黒幕はまだいる。
これから王国全体で調査が始まるだろう。
俺の家も間違いなく巻き込まれる。
これから忙しくなる。
面倒なことも増える。
……だが。
学園長室の窓から差し込む夕日を見ながら、俺は静かに息を吐いた。
少なくとも今だけは。
ほんの少しだけは。
この平穏を味わってもいいだろう。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
途中、更新が止まってしまった時期もありましたが、こうして最後まで完結させることができました。
これも、最後まで読んでくださった皆さまのおかげです。
今後しばらくは短編作品を投稿していく予定なので、そちらも読んでいただけたら嬉しいです。
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改めて、本作品を読んでいただき、ありがとうございました。




