32.決着
剣戟が、夜の屋根の上に乾いた音を響かせる。
何度目かもわからない打ち合いの末、俺は地面を蹴って後方へと大きく飛び退いた。
距離を取る……体勢を立て直すための、ほんの一瞬の猶予。
だが。
次の瞬間、ユリアの手元に炎が灯った。
「っ……!」
放たれた火球が一直線に迫る。
さらに間髪入れず、水の光線が重なるように飛来した。
逃げ場を潰す、連続攻撃だ。
舌打ちを一つ。
俺はとっさに影の球を生成し、火球へと叩きつけた。
爆ぜる炎。
だが、完全には相殺しきれない。
熱が頬を掠めた。
続く水の光線は、体をひねってなんとか回避。
だが、着地の体勢が崩れる。
それが隙となった。
ユリアの手が閃く。
……光。
視界が、白に染まった。
「ぐっ……!」
反射的に目を細めた、その一瞬。
今度は、闇が来る。
ぬるり、とした感触が目元を覆い、視界が完全に遮断される。
……闇魔法。
「……お前、闇も使えるのか」
問いかける。
返事はなかった。
だが、俺にはわかる。
彼女も、偽装したクチだろう。
「……払え」
自分の闇で、自分の視界を覆う闇を食い破る。
次の瞬間。
殺気を感じた。
咄嗟に剣を構える。
ガキィン、と重い衝撃を受けた。
見えた。
目の前には、振り下ろされたユリアの剣。
紙一重で受け止めていた。
……危なかったな。
息を整える暇もない。
だが、このまま防戦を続けても、ジリ貧だ。
ならこちらから仕掛けるしかない。
俺は足を踏み込み、闇魔法を展開した。
「……影刃」
放たれた黒い刃が、一直線にユリアへと迫る。
だが。
ユリアはそれを見た瞬間、風を纏わせる。
刃は、あっさりと軌道を逸らされた。
だが、それも俺の予想通り。
その一瞬で、俺は影へと沈む。
……影遁。
地面と一体化し、そのまま一気に距離をとった。
背後で爆音がする。
ユリアの魔法が飛んできているのがわかるが、今は無視だ。
距離を確保する。
呼吸を整えながら、思考を巡らせる。
……見えてきた。
あいつの戦い方。
無秩序に魔法を放っているわけじゃない。
使い分けている。
例えば、火と水は遠距離攻撃。
火は威力重視。
ただし、発動にわずかな溜めがある。
水は速い。
牽制や追撃に使う。
風は防御と移動。
光や闇は妨害。
……合理的だ。
そして、厄介だ。
だが。
パターンがわかれば対処はできる。
ユリアがこちらを捉えた。
来る。
手を前の方に持っていき、軽く握る。
この動きは……火だ。
俺は構える。
「……蝕魔」
放たれた火球を、正面から喰う。
黒が、炎を飲み込んだ。
体内に流れ込む魔力。
成功だ。
"蝕魔"というのは、相手の魔法を吸収し、自分の魔力を回復する強力な魔法だ。
ただ、相手の魔法の属性などに合わせて、魔力の込め方などを微妙に変える必要がある。
だが、このように相手の使う魔法を読めた状態なら非常に強力だ。
魔法を吸収され、ユリアの目がわずかに細められる。
続けて、水の光線を放った。
だが、もう遅い。
同じ要領で、吸収。
魔力が満ちていく。
……いい。
このまま長引けば、確実に俺が有利になる。
あいつも、それは理解しているはずだ。
なら……。
短期決戦に来るはずだ。
ユリアが、再び火球を生成する。
だが、その狙いは……。
十中八九、距離を取るための牽制。
読めた。
俺は即座に動く。
火球が放たれる直前。
影遁を発動し、影に沈んだ。
そして……。
次に現れたのは、ユリアの横側。
完全な死角。
そして、魔法を発動した。
「……影縫」
闇が、地面から噴き上がる。
それはユリアの影を捉え、縛り上げた。
ビクリ、とその体が硬直する。
動きが止まった。
逃がさない。
前回よりさらに強く、深く魔力を流し込む。
拘束は、完全だ。
ユリアの表情に変化はない。
静かにこちらをみている。
俺は剣を構え、喉元へと切っ先を突きつけた。
「……終わりだ」
夜風が吹く。
静寂が、二人の間に落ちた。
……勝った。




