30.真犯人
結界の暴走が止まった後、闘技場には奇妙な静けさが戻っていた。
誰もが言葉を失っている。
観客は教師の誘導で外へ出された。
唯一の救いは、死傷者がいないことだった。
だが、空気は張り詰めている。
誰もが、何かを疑っている。
やがて、教師が何人かこちらにやって来た。
表情は硬い。
「単刀直入に聞こう」
その中の一人が、こちらに問いかけてきた。
「今回の事件を起こしたのは……ノワール。お前だな?」
……は?
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
「違います」
だが、その言葉は驚くほどあっさりと切り捨てられる。
「言い逃れはするな」
「結界にあれほどの干渉ができるのは、管理装置にいた者だけだ」
「そして、あの時そこにいたのは……お前一人だ」
さらに畳みかけるように言葉が続く。
「管理装置の履歴にも、お前の魔力が残っている」
「これ以上の証拠があるか?」
「ですが……」
反論をしようと口を開きかけた時だった。
頭の中で、何かが繋がった。
……ああ。
そういうことか。
犯人の狙いはこれだ。
まず、文化祭で事件を起こす。
そして、俺をその犯人に仕立て上げる。
犯人にされた俺は、捕まるなり追放されるなりする。
……そういうことかよ。
思わず、小さく息が漏れた。
それを見た教師が眉をひそめる。
だが、説明している暇はない。
どうせ、今は何を言っても信じない。
それどころか、じりじりと距離を詰めてくる。
包囲するように。
……詰み、か。
このまま拘束されるか。
それとも……。
逃げるか。
答えは一つだ。
悪いが……これに付き合っている暇はない。
足元に手をかざす。
次の瞬間、俺は影の中に沈み込んだ。
「なっ……!?」
「追え!」
声が飛ぶ。
だが遅い。
影遁を発動した相手を、捕まえることはできない。
影の中を滑るように移動し、死角から死角へと抜けていく。
気配を消す。
足音を消す。
視線を外す。
暗殺者として叩き込まれた技術を、今は逃走のために使う。
数度の追跡を振り切り、人気のない場所へ出た。
ここなら、誰も見ていないだろう。
「黒影……影獣」
影の鳥を二体召喚した。
腕を掴ませ、そのまま一気に上昇する。
向かうは屋根の上。
学園で一番高い場所へ。
風が強い。
だが、ここなら簡単には見つからない。
「……はぁ」
ようやく一息つく。
状況は最悪だ。
濡れ衣を着せられ、学園中が敵になりかねない。
だが……。
何かおかしい。
冷静に考えてみると。
今回の件、違和感が多すぎる。
まず、ネロ先生。
あの人はどうやって結界を操作した?
医務室にいたはずだ。
あそこは人の出入りもあるし、犯行には向いていない。
それに……。
あの怪我だ。
わざとにしては重すぎる。
今までの犯人の動きから考えても、あんなリスクの高い行動は不自然だ。
じゃあ、あの時に何か細工をしていた?
遠隔操作できるように?
……いや。
犯人は、俺が管理装置に入るタイミングを把握している必要がある。
そうしないと、俺に濡れ衣を着せることができない。
だが、ネロ先生は動けない。
監視の気配もなかった。
……何かがズレてる。
そもそもの話。
俺がネロ先生を疑うようになったきっかけは、ドラゴンの件だ。
あの場にいた中で、一番条件に合うのがネロ先生だった。
だから疑った。
その後の行動も、それっぽく見えた。
だが……。
もし、あの推理が間違っていたとしたら?
あの場にいた人物。
王子、エレノア、フィオナ、ルーク、ユリア、ネロ先生。
ネロ先生を除外するなら……。
可能性があるのは、一人。
「……いや」
思わず首を振る。
そんなはずはない。
だが……。
今までのアリバイを考えると……。
消去法で残るのは、確かにその人物しかいない。
信じたくはない。
だが、理屈はそう告げている。
「……まあいい」
結論を急ぐ必要はない。
むしろ、向こうから来るはずだ。
アイツは、俺を犯人に仕立て上げた。
だが、それで終わるはずがない。
確実に“処理”しに来る。
それが、一番確実だからだ。
なら。
待てばいい。
その夜。
俺は、屋根の上の目立つ場所に、あえて腰を下ろした。
静まり返った学園。
風の音だけが響く。
そして……。
背後に、人の気配がした。
……来たか。
ゆっくりと立ち上がる。
ネロ先生なら、動けないから来ないはずだが……。
来たということは、やはり"彼女"だろう。
慌てる必要はない。
もう、答えは出ている。
「……ユリアか?」




