26.結界の管理装置について
ネロ先生が倒れている。
その事実を理解するのに、数秒かかった。
「……先生!!」
駆け寄る。
膝をつき、体を揺らす……が。
「……っ」
すぐに、ただ事ではないと気づいた。
床に、血が広がっている。
そして……。
「……っ」
思わず息を呑む。
左腕が、明らかにおかしい方向に曲がっていた。
折れている。
しかも、ただの骨折じゃない。
無理やり叩き折られたような、そんな歪み方だ。
右手は……何かの装置の上に置かれている。
結界の管理装置か?
さっきまで、ここで何かをしていたのは間違いない。
「……何をしてたんだよ」
やがて、ネロ先生の目がわずかに開いた。
意識はある。
「先生」
しゃがみ込み、顔を覗き込む。
「何があったのですか?」
短く、はっきりと聞く。
だが……。
「……るな」
ネロ先生が小さく呟いた。
そして、こちらをじっと見つめてくる。
その目には、いつもの冷静さとは違う、何かがあった。
そして。
「……来るな」
今度は、はっきりと言った。
「ッ!?」
"来るな"。
確かにそう言った。
どういうことだ?
と考える間もなく、ネロ先生が次の言葉を発した。
「これは、お前の関わることじゃない」
は?
一瞬、意味がわからなかった。
この状況で、何を言っているんだ?
問い返そうとした、そのとき。
「な、何事だ!?」
慌てた声が響いた。
振り返ると、学園の管理人が駆け込んできていた。
部屋の様子を見て、顔色が一変する。
「せ、先生が……!?」
血。
破損した装置。
倒れているネロ先生。
確かに、改めて見るとひどい状況だ。
「……と、とりあえず早く運びましょう」
俺は短く言った。
こんな場所に長く置いておくわけにはいかない。
「……わ、わかった!」
管理人もすぐに我に返り、うなずいた。
二人でネロ先生を担ぐ。
軽くはないが、今はそんなこと気にしていられない。
血が、腕に伝ってくる。
俺たちは医務室へと急いだ。
……翌日。
闇魔法の授業は休講になった。
そりゃそうだ。
担当教師があの状態なのだから。
「……」
さて、俺は今図書室にいる。
開いているのは、結界に関する本だ。
ちょっと調べたいことがあった。
昨夜の出来事を、頭の中で何度も反芻する。
「……あの装置」
ページをめくっていく。
やがて、目的のページを見つけた。
そこには、結界の管理装置の図が描かれている。
……間違いない。
昨夜、ネロ先生が触れていたものだ。
さらに読み進めてみる。
……ん?
そこで、ある記述に目が留まった。
「……キー?」
管理装置を操作するには、専用のキーがいる。
それは、かなり厳重に管理されている。
勝手に持ち出せるような代物じゃないようだ。
そして、そのキーを持たずに管理装置に触ったりすると。
「防衛システムが作動……」
管理装置には、それ自体を守るための仕組みがあるらしい。
外部からの不正な操作を防ぐためのものだ。
――キーを持たずに触る。
それが、何を意味するのか。
「……」
ゆっくりと、頭の中で繋がっていく。
昨夜の光景。
ネロ先生は、あの装置に手を置いていた。
つまり。
「……あの装置に触っていた」
それだけなら特に怪しくはない。
教師なら、正規の手続きを踏めば、キーを使えるはずだ。
だが……。
「あの時、大怪我をしていたな」
あの場に、他の人の気配はなかった。
そうなると……。
「防衛システムが作動した?」
そう考えるのが自然だ。
……となると、ネロ先生はあの時キーを持ってなかったのか。
なぜ?
なんでそんな危険なことをしたんだ?
答えは自然と思い浮かんだ。
「持っていけなかった……?」
理由は一つしかない。
正規の手段が使えない状況。
つまり……。
「後ろ暗い事情があった、ってことか」
そうとしか考えられない。
そのとき。
ふと、別の記憶が浮かんだ。
「……武闘会」
あのとき、闘技場の結界が、おかしくなった。
原因は不明のままだった。
だが……。
「……あれも、管理装置か?」
もし、あの異常も。
同じように、装置を操作して引き起こされたものだとしたら。
全部、繋がる。
――ドラゴン。
――結界の異常。
――舞踏会の毒。
――そして昨夜のこと。
「……いや」
一度、首を振る。
「落ち着け」
決めつけるのは危険だ。
まだ、確証はない。
もしかしたら、別の可能性も……。
「……」
だが。
これ以外に、どう説明できる?
「……やっぱり」
間違いない。
「……犯人は、ネロ先生だ」




