24.尾行
舞踏会の翌日。
俺は、朝から一つのことを決めていた。
「……今日は、徹底的に張り付く」
ネロ先生の監視だ。
昨日の一件。
あのグラス。
あの不自然な動き。
あれを見てしまった以上、もう見過ごすわけにはいかない。
……だが。
授業中のネロ先生は、いつも通りだった。
淡々と授業を進め、生徒の質問にも的確に答える。
時には個別に指導し、ミスをした生徒にはきちんとフォローも入れる。
どこからどう見ても、“優秀な教師”そのものだ。
「……演技、ってわけでもなさそうだよな」
少なくとも、簡単に見抜けるような違和感はない。
自然すぎる。
昨日のあの行動と、どうしても結びつかない。
だが、むしろその“完璧さ”が引っかかる。
昨日のあれを見た以上、裏があると考えるのが自然だ。
とはいえ。
「学園の中じゃ、さすがに動かねえか……」
周囲には常に人の目がある。
下手なことはできないだろう。
なら……外だな。
学園の外。
そこなら、制約は一気に減る。
これまで、教師に対してやるのは気が引けていたが、もう遠慮してる場合ではない。
今日は、学園外のネロ先生も監視する。
今日、すべてをはっきりさせる。
そして……。
授業がすべて終わった後。
俺はこっそりと、影の虫を生成した。
「頼むぞ」
そしてそれを、ネロ先生の影へと滑り込ませる。
直接尾行するのはリスクが高い。
だが、これなら気づかれにくいだろう。
ネロ先生は、授業後もしばらく学園に残っていた。
書類の整理やら、何やらの事務作業をしているらしい。
「……ほんとに真面目だな」
監視しながら、思わず苦笑する。
怪しいどころか、むしろ模範的すぎる。
だが、やがて……。
「動いたか」
ネロ先生が立ち上がる。
荷物をまとめ、帰る支度を始めた。
そのまま学園を出て、外へ。
いよいよ本番だ。
影の虫越しに、景色が流れていく。
学園の門を抜け、街道へ。
夕暮れの光が、地面を赤く染めていた。
「……今のところは、普通か」
ネロ先生は、特に寄り道もせず、まっすぐ歩いている。
誰かと接触する様子もない。
怪しい動きは、一切なし。
だが。
「まだだ」
学園から完全に離れるまでは、まだ人の目がある。
だから、何も起きなくても不思議じゃない。
むしろ、ここからが本番だ。
しばらく進んだ、そのとき。
「……ん?」
ネロ先生の動きが、止まった。
不意に、ぴたりと。
「どうした……?」
影の虫越しに、その背中を見つめる。
周囲には、特に何もない。
人気も少ない。
だが……。
次の瞬間。
ネロ先生が、ゆっくりと振り向いた。
「ッ!?」
ぞくり、と背筋に寒気が走る。
まるで、見られている。
いや。
「……気づいたのか?」
そんなはずはない。
この距離、この大きさで……。
だが。
ネロ先生は、まっすぐ“こちら”を見ていた。
そして。
静かに、手を掲げる。
「やめろッ!」
思わず声が出た、その瞬間。
……視界が、弾けた。
暗転。
繋がっていた感覚が、一瞬で途切れる。
「……っ!」
現実に引き戻され、思わず息を呑む。
影の虫は……。
「やられた……」
完全に、消されていた。
一撃。
正確に、迷いなく。
まるで、最初からそこにいると分かっていたかのように。
「……今の動き」
頭の中に、ある光景が蘇る。
……あの岩場。
俺を襲った、あのときの動き。
無駄がなく、正確で、異様なまでに洗練された攻撃。
「……同じ、だな」
これは偶然じゃない。
あのときの犯人と……。
「ネロ先生……」
静かに、その名前を呟く。
疑いは、もうほとんど消えていた。
残っているのは、冷たい確信だけだ。




