第七十四話 忘れていた友人
宿屋は確かにハゲ頭男が、言っていた通り直ぐにわかった。
デカデカと宿泊所と看板に書かれていた。
宿泊の受付を済ますべく、カウンターの女性へと話しかける。
「部屋は空いていますか?」
「生憎満席よ」
他を当たれと言わんばかりな態度に、御者から渡されたチケットを見せると態度が一変した。
「付いてきて……」
女性はカウンターから離れ二階の階段を登り、一番端の部屋へと俺を案内してくれた。
「部屋は自由に使っていいわよ」
「満席なのでは?」
「……予約でね」
「なるほど」
「あなたの持っているチケットは、鍵代りになっているから失くさない事ね」
「ふむふむ」
「後、食事は用意しないから、適当な店に入って食事済ませてね」
そう言って女性は、カウンターに戻って行くのであった。
なるほど。
どうやらこれは、予約チケットだったという事か。
“さてと、これからどうするかな……”
確かにお腹は空いていた。
と言う事で、宿屋を出て目の前にある酒場へと行く事にした。
酒場のカウンターに一人で座り食事を注文する。
食事が来るまでの間、酒場にいる人たちの会話に耳を傾けて見た。
今日の戦いは盛り上がったとか、明日からの準決勝が楽しみとかそんな話ばかりだ。
他には、必ず決勝戦に勝ち残ると酒を豪快に飲み干しながら、叫んでいる男もいた。
対した情報も聞こえるわけもなく、出てきた食事をそそくさと食べ終え酒場から出て行こうとした時だった。
「貴様ぁっ〜!!」
そう叫んでいたのは、先程豪快に酒を飲み干していた男だ。
男は、上半身裸の一人の青年の首を掴んでいた。
「うっ……」
男の上着は少しだけ濡れていた所を見る限り、青年が故意が不注意なのかはわからないが汚してしまったらしい。
「この服は!!」
男は青年を窒息死させる程強く首を握りしめていた。
「はぁ……」
“ったく……”
俺は酒場を出ないで、揉めている現場へと足を向ける。
そして、男の腕を思いっきり握りしめてやった。
「いてっいてててっ!!」
「げほっげほっ……」
俺に掴まれた腕を男は痛みに耐えきれずに、青年の首から離し痛がり始めた。
青年も息が出来るようになったのだろう。苦しそうに、四つん這いになりながら苦しがっている。
その背中には、奴隷の焼印が刻まれていた。
「何をするんだ!」
男は、俺の襟元を握り締め怒鳴ってきた。
「何があったのか知りませんけど、あのまま首を絞め続けていたら青年を殺していましたよ」
「ふんっ! 所詮奴隷だろ!? 変えは幾らでもいる!」
「……」
こう言う考え方をする奴は、大っ嫌いだ。
“所詮ってなんだよ!? 生きる価値は皆一緒だろ!?”
「オイッ! 亭主!!」
男の叫び声に、酒場の亭主は慌てて飛び出してくる。
「はっはい!」
「この落とし前どうしてくれるんだ!? この間抜けな奴隷のせいで、俺の服がずぶ濡れになったぞっ!」
“ずぶ濡れって……少しだけ濡れてしまっただけじゃないか”
「これは、これは、申し訳ございません」
亭主は手をモミモミとさせながら、まるでゴマスリをするかのように男に媚を売り始めている。
“こんな大人にはなりたくないなぁ〜”
「奴隷のミスは亭主のミスだよなっ? どう落とし前つける気だ? あぁん?」
「えっと、それはですね……」
困る亭主に、更なる追求をしようとする男。
奴隷は静かに震えているだけだった。
なんか……
あのまま、ラッセルに居たとしたら俺はこうなっていたのかと思うと、他人事には思えなくなった。
男にそっと左手を添え、黒のアーツを発動させる。
そして、着ていた服だけを消し去る。
「なっ!?」
突然の出来事に男は困惑。
それもそうだろう。
いきなりパンツ一枚になったのだから。
これには、周りで見て見ぬしていた人たちも大爆笑をし始めていた。
男は見る見るうちに真っ赤になり、俺を睨みつけてくる。
「貴様の仕業か!?」
「あぁ、そうだけど?」
悪びれず、堂々と肯定すると男は……
「覚えておけよ!!」
とお決まりの捨て台詞を吐き捨て、何処かへと言ってしまったのだ。
今度は亭主に睨まれてしまった。
「あっあんた……喧嘩売った相手が誰なのか知っているのかい?」
「知りませんけど?」
亭主の話し曰く、どうやら男はアーツバスター候補で【巨腕のアーツ】と言うアーツの持ち主らしい。
なんでもアーツ発動時は、普段の倍以上に腕が大きくなり攻撃力も増すとの事だ。
「それで?」
「あんたも闘技場参加者だろ?」
「そうだけど?」
「……死んでも俺は知らないからな」
うーん、強いのかもしれないけど、なんか俺にはいまいちピンと来るものはなかった。
一通り俺に忠告してきた亭主は再び、カウンターへと戻り接客をし始めた。
首を締められていた青年と言えば……
いつの間にか酒場内にはいなかった。
頭をポリポリとかきながら、酒場を出る事にした。
目と鼻の先にある宿屋へと引き返そうとすると、俺を呼び止める声が聞こえてきたのだ。
「あの……」
振り返ると酒場内にいなかった青年が、俺を呼び止めていた。
「ありがとう……」
小さな声で呟き、青年は酒場に戻ろうとした所を俺は腕を取り引き止めていた。
「待って!」
「?」
青年は、ビクビクとしながら身構えている。
どんだけ痛い想いを今までしていたのだろうか……
俺は両手を上げ何もしない事を告げるも、警戒心が無くなる事はなかった。
酒場のすぐ横には路地がある。
そこに青年を連れて行き、話をしようとすると益々怯えてしまった。
“やれやれ……”
取り敢えず、俺は白のアーツを発動し青年の怪我を治して上げる事にした。
見る見るうちに怪我はなくなり、青年も怯えよりも驚きの方が強そうだった。
「……なぜ?」
「……」
元奴隷だから。
そう答えても良かったが、その一言で何が起こるか実際わからなかった。
だから、俺は敢えて別な言葉を口にしたのであった。
「見て見ぬ振りが、俺には出来なかっただけだよ」
「??」
青年は首を傾げていた。
俺の言っている事が、理解出来ないんだろう。
まぁ、当然と言えば当然なんだろうな。
「所で、名前は何て言うの?」
「……ヴェイグ・ノルン」
“ヴェイグ・ノルン……? 何処かで聞いた事がある名前だな……”
しかし、思い出す事は出来なかった。
「ヴェイグはずっとここにいたの?」
コクンっと頷いていた。
“ずっとここにいたと言う事は、少しはラッセルについての情報が掴めるかもしれないな”
「ヴェイグちょっと話しを聞きたいんだけど、いいかな?」
「叩かない?」
「……」
涙目のヴェイグを何故、俺が叩かなければならないっ!? 即答しない俺にヴェイグは、再びビクビクと身体を震わせ始めた。
「叩かないと約束するから、話ししてくれる?」
「うん……」
ヴェイグは、頷き俺の質問に答えてくれた……
ラッセルは遂、一ヶ月前に幾人も奴隷の死者を作り出しながらも完成したらしい。
それだけで、はらわたが煮え繰り返りそうになった。
ヴェイグは十二歳の時にここに連れて来られ、十八歳の今までずっとラッセルでひたすら作業を強いられていたとの事だ。
“んっ? 俺より二つ歳上。と言う事は、俺が十歳の時……”
記憶を呼び出しながら、考え込む。
十歳の時、俺は奴隷の烙印を無理矢理押され、ラッセルに連れて来られた。
これは間違いない。
“なぁ〜んか会った事が、あるような気がするんだよなぁ〜”
やはり思い出せないまま、ヴェイグの話の続きを聞く。
ラッセルが完了した後に、解放されるのかと思ったらそんなに甘くはなかった。
二十歳以下の女子供は全て店の従業員として、報酬のない労働へと移り変わる。
与えられる食事も、何一つ変わる事はなかった。
生き残っている老人は、誰一人いないそうだ。
更に、女たちは娼婦として連れて行かれたり、手先の器用な者は道具屋で、薬草作成させられたりするそうだ。
そして、大人たちは全て闘技場の戦士としてこれからも使われ続けるそうだ。
俺が今日、闘った奴隷たちはアーツバスターになれば今の生活から抜け出せると思い、一路の光を求めていたらしい。
その殆どは返り討ちにあったのだが……
「それで、ヴェイグは酒場の従業員なんだな?」
「……うん。でも失敗ばかりでいつも怒られている」
「そうか……」
「ヴェイグ!! いつまでサボっているんだ!! 今日の飯は食わせんぞ!!」
一通りの事を聞き終えると、酒場の亭主の怒鳴り声が聞こえてきた。
どうやらいなくなった酒場から姿を消したヴェイグを、捜しにきたようだ。
「……戻らなきゃ……」
「あっあぁ」
ヴェイグはそう言い、一度だけ俺に頭を下げ路地裏から出て酒場に戻ろうとしていた。
「ヴェイグ!!」
「……」
ヴェイグは振り返りはしなかったが、歩みを止めてくれた。
「……詳しい事は言えないが、あと少しだけ耐えるようにと他の皆にも伝えておいてくれ」
「ありがとう、ルーク」
「!?」
俺の名を呼び、ヴェイグは酒場へと戻って行くのであった。
“なんで、俺の名前を知っているんだ!?”
酒場の中に入り再びヴェイグを呼び出すのも手だったが、これ以上はヴェイグに迷惑をかける可能性が極めて高かった。
だから、それ以上の詮索はしないで宿屋に戻る事にしたのであった。
悶々とヴェイグは誰だったか思い出そうとしていた。
ヴェイグはここにずっといて、俺の事を知っていた……
となれば、メシュガロスに連れて行かれる前にここで出会っているはず。
「う〜ん」
ベットの上でひたすら考え込んでいた。
結局思い出せないまま、眠気に負けウトウトとし始めた頃……
「あっ!!!」
“思い出した!!”
一気に眠気が飛んでしまったが、思い出す事が出来た。
ヴェイグ・ノルン……
確かに、俺は出会っている。
ヴェイグは、そう山賊の砦で出会った年上の少年だっ!!




