第八話 マモル
―ミランダ視点―
「凄かったわ、マモル」
「ありがとう、ミランダ」
登校はリサさんに任せたので、下校は私の番だ。
学校でも、やはりマモルの話題で持ちきりだった。それもそうだ。史上二人目となる、在校中の「S級魔導士」が誕生したのだから。
しかもマモルは、入学直後にS級に認定された。これは史上最速のことだろう。だからこそ、周囲には彼の実力を疑問視する者も多かった。嫉妬も多分に含まれているのだろう。
自分たちもエリートだと思っていた貴族たちは、本物の天才を前に自信を失いかけていたのだ。そして、自信を失いそうになった彼らは、マモルを貶めることで、なんとかその拙いプライドを保とうとしていた。
『マモルは校長先生の息子だからしょうがない』
『忖度が発生しているんだ』
そう思えば、少しは心が保たれるのだろう。だが、そんなことでは成長などしない。
「ミランダはどうだった?」
「私は、まあC級。でも剣技はS級を取ってみせるわ」
今回は魔力の試験だったため、剣技の試験は今後行われることになっている。一応は魔導学校であるため、魔力の評価が優先されるのだ。
「そっか。ミランダなら絶対にできるよ」
「もう、S級魔導士様はずいぶんと余裕ね。これでもいっぱい頑張ってるんだけど」
私たちはそう言って笑い合った。
この時間が本当に愛しい。
マモルを連れて、ゆっくりと家に帰る。学生生活でしか味わえないこの穏やかな時間が、私にとってはかけがえのないものだった。
「帰ったら、やっぱり勉強するの?」
「うん。勉強もしたいけど……少し疲れてしまったね。あんなに魔力を使ったのは珍しいから」
マモルは、少しだけ弱音を吐くように言った。
私は魔力に詳しくはないけれど、リサさんの解説でマモルの異常性はよく分かっていた。
アレを行うのに、どれほどの魔力を消耗するのだろうか。
すでに自分の魔力の半分を失っているマモルにとっては、相当な負担になっているはずだ。目元には、わずかにクマができている。
「マモル、無理はしないでね」
私は車椅子を止め、彼と目線を合わせるためにしゃがみ込んだ。
これ以上、頑張ってほしくはない。
けれど、マモルは努力を続けてしまう。それがマモルの凄いところでもあるけれど、とても心配な部分でもあった。
絶対に一人で抱え込みすぎている。
彼を支えたいと考えていても、私の才能ではまだ彼には届かない。
「うん、ありがとう。今日はゆっくり休むよ」
マモルは私の心配を知ってか知らずか、優しい笑顔を向けてくれた。
※
「おい、庶民のくせに生意気なんだよ! さっさとその杖を渡せ! 庶民のくせに良い杖なんか使うんじゃねえ!」
路地裏から荒々しい声が聞こえてきた。
私とマモルは顔を見合わせる。
「あなたたち、何やってるの⁉」
私は思わず叫んでいた。
三人の貴族階級の学生たちが、庶民階級の男の子をいじめていたのだ。
「これは、お母さんの形見で……」
そう言い訳しようとする男の子に向けて、三人の男たちはさらに語気を強めた。
「庶民のくせに! 俺たち貴族様がいるから生きていけるんだろうが! 生意気なんだよ!」
「ヒッ……!」
男の子は恐怖で身を震わせていた。
そういえば、噂で聞いたことがある。珍しく庶民の子供が魔力適性を認められ、特例で魔導学校に入学したという話を。きっと彼がそうなのだろう。
「おいおい、殴られたいのか?」
見るからに大人しそうで気が弱く、喧嘩などしたことがなさそうな男の子だった。完全に怯え切ってしまっている。
「いい加減にしなさい!」
私が再度注意するも、彼らは取り合おうとしなかった。
「あんたは黙っててくれませんかね。女が男の世界に入ってくるんじゃないよ」
いじめっ子たちの顔を見ると、それ相応の家柄の貴族の子息たちだった。
ここでやり合えば、面倒なことになる。でも、こんな行いを見過ごしたくはない。
「ミランダ、僕がやるよ」
今にも飛びかかろうとしていた私を制し、マモルが車椅子でゆっくりと前に出た。
「ハッ、おやおや。S級魔導士様じゃねえか。だがよ、そんな車椅子で俺たちに勝てると思ってるのか?」
「そうだぞ。お前は試験だから評価されただけだ。少しは痛い目を見た方がいいんじゃないか? ケルベロスに噛み殺された方がマシだったと思うことになるぜ!」
彼らの不躾な言葉に、私は怒りで頭が真っ白になりそうだった。
だがマモルは、私をかばうように前へ進む。マモルが短く詠唱を紡ぐ。
次の瞬間、男たち三人は驚愕の声を上げ、その場から動けなくなった。マモルの魔力が、すでに彼らを捉えていたのだ。無詠唱魔力。彼らには、防御することすら許されなかった。
「卑怯だぞ! 奇襲かよ!」
男たちは口々に抗議するが、マモルはどこ吹く風だ。
「三人で一人をいじめていた人たちに、卑怯と言われる筋合いはないよ。安心して。五分もすれば動けるようになるから」
「くそっ……!」
「大丈夫かい? さあ、行こう」
マモルは動けなくなった男たちの横を通り過ぎ、いじめられていた男の子に優しく手を差し伸べた。
「くそっ……覚えてやがれ……!」
負け惜しみを吐き捨てる男たちに対し、マモルはふっと柔らかく微笑んだ。
「あまり口外しないことをお勧めするよ。大の貴族様三人が、車椅子の男一人に敵わなかったんだからね。家の恥になるんじゃないかな」
マモルはそう静かに告げると、私のもとへゆっくりと戻ってきた。
「ありがとうございました」
マモルが助けた男の子は、そう言って頭を下げた。
「いいよ。当たり前のことをしただけだから」
マモルは、大したことはしていないと言わんばかりに笑う。
「じゃあ、また学校で」
そう言って、私に目配せをする。もう行こうという合図だ。
確かに長居してしまえば、先ほどの問題児たちが戻ってきてしまうかもしれない。ここは早くこの場から離れるのが正解だ。
「あ、あの!」
「なんだい?」
先ほどの男の子に呼び止められて、私たちは彼のほうを見る。
「凄いです! 凄かったです! 僕もマモルさんみたいな凄い魔導士になることができますか?」
先ほどの無詠唱魔法を見て、憧れたのだろう。マモルは苦笑した。
「できるも何も……才能があるから魔導学校に入学できたんだと思うよ。あとはそれを高めるだけだと思う」
そう言って、マモルは笑顔を浮かべ、その場を後にする。
先ほど三人を足止めした魔法は、相当な魔力を使うらしい。
彼らには見せないようにしていたけれど、マモルはかなり消耗していた。
「大丈夫?」
彼の表情には少し苦悶の色が浮かんでいた。額には冷や汗まで滲んでいる。
「うん。心配かけるね」
「あんまり無理はできないな。もっと持久力が欲しいよ」
そう言って、彼は苦笑した。少し顔色が白い。貧血になっているのかもしれない。
「どこかで少し休んでいく?」
「ううん、大丈夫。少し目眩がするだけだよ。今日は早く帰って、家でゆっくり休む」
「そう……ごめんね」
「どうしてミランダが謝るんだい?」
「だって私が……あの場に介入したのに、結局動けなかったから。家のことや、貴族同士の力関係なんかを考えてしまって……最初に飛び出すべきだった私が、飛び出すことができなかった」
「そんなことかい。大丈夫だよ。約束したじゃないか。ミランダを助けるって」
そう言われて、一瞬だけ時が止まったように思えた。私はまだ、あの約束で彼を縛り続けてしまっている。心が壊れそうになるくらい、冷たい時間が流れていく。
彼は体調が悪いから、私の異変には気づいていないようだ。そうなんだ、やっぱり……私は……あなたの足手まといのままなのね。
まだまだ自分はダメだ。どんなに努力していても、私にはあんなに簡単に三人を倒すことなんてできなかった。結局、私はまだマモルに守られたままなんだ。どうしてだろうね。頑張っているんだけどね。あなたはまだ遠く、遠くの高みにいる。
十年以上努力しても、追いつけるとはまだ思えなかった。
でも、心の中で叫ぶ。私が諦めてしまったら、意味がない。どこまでマモルに背負わせるつもりなのだろう。こんなことで心が揺らいでいていいわけがない。私は彼のために、自分の人生をすべて使うつもりだ。
少しでも早く彼に追いついて、彼を守れる存在でありたい。隣を一緒に歩ける存在でありたい。そして、今度は私が彼を守りたい。マモルの命を守ることができるなら、この身はどうなっても構わない。
気づいているのかな、あなたは……私があなたをどう思っているのか。たぶん、気づいていないんだろうな……彼の肩に、そっと手を乗せる。
マモルの温もりを少しだけ感じることができて、私はゆっくりと心の安定を取り戻していく。まだ、先は長い。




