第六話 偏見
お兄様による新入生代表の挨拶は、とても素晴らしかった。
妹の私から見ても、非常に感動的なスピーチだったと思う。
お兄様は自身の足が不自由であることに触れ、これまで支えてくれた家族や友人たちへの感謝を述べた。そして、「自分にしか持てない視点から、新しい魔導のあり方を模索していきたい」と語ったのだ。
教壇に立つ先生方の中には、涙ぐむ人もいるほど感動的な内容だった。
しかし、ひねくれた貴族の若者たちの反応は違っていた。
「おいおい、あいつまた綺麗な夢物語を語ってるぜ」
「そうでもしなきゃ、自分を奮い立たせられないんだろうよ」
「そりゃそうだろ。所詮、あいつはもう終わった人間なんだから」
「入学前に終わっちゃうなんて悲しすぎるだろ! 全盛期は五歳の頃か?」
そんな下品な嘲笑が後ろから聞こえてきた。
式典の最中ということもあり、怒りをぶつけることもできない。本当に卑劣な奴らだ。だが彼らも、いずれ本当の意味でお兄様の凄さを知ることになるはずだ。
私は心の中でそう自分に言い聞かせ、込み上げる怒りを無理やり押し殺した。
「――それでは、新入生は魔力測定試験に移ります。校庭へ移動してください」
案内があり、新入生の伝統行事が始まった。入学式の直後、現在の自らの実力を測るための試験だ。生徒たちは得意な魔法を披露し、教師陣によって採点される。
魔導師のランクはS級からD級まで存在するが、この学校に入学するためには最低でもC級の実力が必要とされる。C級といえば、一般的な魔物を問題なく討伐でき、下級魔導師として十分に通用するレベルだ。
つまり、ここに集まっている者はみなエリートと言っていい。しかし、それゆえに彼らはプライドが非常に高かった。お兄様への嫌がらせも、そうしたプライドの裏返しなのだと私は思っている。
「マモル、なかなか良かったぞ」
校庭へ向かうと、一人の男が待ち構えていた。黒いローブを羽織ったその男の名はシルバ。
公爵家に生まれ、生まれながらの魔力の天才と称される人物だ。
彼は貴族課程の首席として入学しており、幼少期からお兄様を激しくライバル視していた。プライドが高くエリート意識が強い分、お兄様に勝てない現状に焦りと苛立ちを募らせているのだ。
「今回は絶対に負けないからな」
「ああ、楽しみにしているよ」
お兄様が意に介した様子もなく微笑むと、シルバは顔を顰めた。
「くそっ、その余裕がむかつくんだよ……!」
彼は吐き捨てるように言い残し、試験場へと向かった。
名前が呼ばれると、シルバは高速で魔法の詠唱を開始した。彼の足元に、複雑な魔法陣が形成されていく。
「出でよ、火の巨人!」
彼が叫ぶと同時に、魔法陣から巨大な炎のゴーレムが姿を現した。
ゴーレムはその圧倒的な巨躯を動かし、的に向かって拳を振り下ろす。
周囲の空気が激しく振動し、標的となっていた的は一瞬で粉々に砕け散った。
「さすが天才だ!」
ギャラリーから歓声が上がる。間違いなく、彼は天才だった。お兄様という存在がいなければ、文句なしでこの学年のトップに君臨していただろう。
お兄様には真似できない、強大な魔力を力任せに叩きつける一撃。破格の魔力量を持つ彼だからこそ成し得る、圧巻のパフォーマンスだった。お兄様は目を輝かせながら、その光景を見つめていた。
お兄様は昔からそうだ。他人に嫉妬するような感情は一切持たず、目の前で起きた素晴らしい現象を、まるで学者のように冷静に観察・分析する。
「なるほど……魔法陣を組み込むことで、自身の魔力容量を最大限に引き出しているんだね。それに、あのゴーレムをこれほど自在に動かせるとは。普段から絶え間ない努力で魔力を鍛え上げている証拠だ」
淡々と、しかし正確に相手の術式を解読していくお兄様。そして、隣に立つ私を振り返ってニコリと笑った。
「僕にはとても真似できないよ。あそこまで魔力を消費してしまうと、車椅子の制御すら覚束なくなってしまうからね」
そう言って朗らかに笑うお兄様を見て、私はまた胸がズキリと痛むのを感じた。
「魔導士ライセンスA級」
まだ学校に入学する前に、A級判定が下されたことに生徒たちはわかりやすく動揺していた。やがて、お兄様の番が巡ってきた。お兄様は車椅子を少しだけ進めると、「行ってくるよ」と私だけに小さく声をかけた。
すっと息を吸い込み、吐き出す。その瞬間、周囲の空気がすっと冷え込んだような感覚があった。
お兄様が魔力を解放する際の合図だ。
次の瞬間、お兄様の周囲に無数の小さな氷の粒が生成された。それらはまるで意志を持っているかのように、お兄様の体を守るように優しく漂っている。詠唱すら挟まず、一瞬にして膨大な氷の粒を作り出す技術。
先ほどの火の巨人のような派手さはないが、それがどれほど常軌を逸した技術であるかは、熟練の魔導師であれば一目で理解できる。
教師たちからは「おお……」と、驚嘆と困惑の入り混じった声が漏れた。
しかし、周りの生徒たちの反応は冷ややかなものだった。彼らには、目の前で起きていることの異常さが理解できていないのだ。確かに、見た目のインパクトで言えば、先ほどの炎のゴーレムの方が遥かに分かりやすい。
この場でお兄様の真の凄さを理解できている生徒など、きっと片手で数えるほどしかいないだろう。それでもお兄様は、どこか楽しそうに魔力を操っていた。
浮遊する氷の粒が、次々と的に向かって放たれる。一発目の氷粒が的の中心を穿つと、間髪入れずに後続の氷粒が次々と命中していく。
合計十発の連続攻撃。
それらすべてが、寸分たがわず「まったく同じ点」へと吸い込まれていった。誤差はほとんどない。おそらくミリ単位……肉眼では判別不可能なレベルの精密射撃だ。
「なんだよあれ、地味だなあ」
「真ん中に一発当たっただけじゃん。他に穴が開いてねえぞ?」
「もしかして命中率十%かよ! ダサすぎだろ」
生徒たちからは嘲笑が漏れる。この正確無比な連続射撃の凄さに気づける者は少ない。
さらにお兄様は、観客に砕けた氷が飛び散らないよう、的に命中した瞬間に氷自体が消滅するよう計算して制御していた。これもまた、尋常ではない精度を要求される魔力制御だ。玄人にしか分からない高度な技術の応酬。
事情を知る熟練の魔導師たちだけが、目を見開いてその神業に戦慄していた。
「十発すべてだと⁉」
シルバは思わず声が漏れた様子だった。彼は気づいていた。それがどんなに難しいことか、よくわかっているのだろう。
「魔力ライセンスS級認定」
学生で最上級ライセンスに認定された。たしか、これは歴史上でお父様しか成しえていなかった偉業のはずだ。




