第三十六話 リサの幸せ
「じゃあ行きましょう、お兄様」
朝食を済ませて、私はお兄様と一緒に通学路へと向かった。
「今日はご機嫌だね、リサ」
どうやらうまく私をごまかせているらしい。お兄様は勘が鋭いから、もしかしたらすぐに分かってしまうかもしれないと思ってドキドキしていた。
「そうですね。ちょっと嬉しいことが起きて」
私はそう言った。確かに教団関係者の動きを察知したことはいいことだ。私の目的に近づいたんだから。
そして、その目的の先には母親への復讐がある。これが私が目指す、お兄様のための復讐だ。そう考えたら、多分とても良かったことだと思う。
でも、それをお兄様には知られてはいけない、だって悲しむから。全てが終わるまでは、お兄様には絶対に何も教えない。そうしなければ、お兄様が抱え込んでしまう。抱え込ませてしまったら、あの時と一緒だ。
ケルベロスと一人で戦わせてしまった時のことを思い出しながら、私は空元気を続けた。もしかしたら、お兄様と一緒にいられるのは、あとわずかな時間だけなのかもしれない。
そう思うと悲しみがこみ上げてくる。でも、私の命でお兄様の無念を少しでも晴らすことができるなら、それでいい。
この先に何が起きようとも、私は彼のために命を捧げようと思っている。教団を壊滅させて私が生き残っていたとしても、お兄様は内緒にしていたことを許してはくれないかもしれない。
そうであれば、私もやっぱりお兄様を完全に失うことになる。それも本望だ。私という存在なんて、お兄様の近くにいてはいけないのだ。
私は常に彼の重荷となっていた。小さな頃は私を守るために、お兄様は無理をしなければいけなかったし、大人になることも模索していた。
そして、子どもが背負うべきではない重い責任まで背負わせてしまった。
「どうしたの、リサ? そんな遠い目をして」
入学式の時に咲き誇っていた桜は、もう枯れてしまっている。自然の儚さを思いながら、私は楽しかった入学式の日のことを思い出す。
そして、嘘をつき続けている身で、本当のことを話した。
「お兄様が兄で本当によかったと思って、私はとても幸せですよ。こんな幸せでいいのかなと思っちゃうんです」
「リサ……」
彼は何かを察したかのように笑う。多分、私がごまかしているという確信を持っているのだろうけれど。バレてほしくないという、この幸せとは反対側の気持ちも思い浮かべてしまう。
複雑な心境にいながらも、私は笑顔を作った。そして、お兄様の体をゆっくりと抱きしめる。
「いつもありがとうございます、お兄様」
この言葉をちゃんと伝えることができて、もう思い残すことはないと思った。ここで死んでしまっても、私は満足だと思う。
多分、私は兄を愛しているだけではない。それ以上の言葉にもできない気持ちを持っている。




