第三十三話 無邪気な母親
お茶会から帰る途中、一人の女性が馬車の前へと飛び出してきた。御者は慌てて馬車を止める。
「何をやっているんだ!」
そう注意する声が聞こえてきた。私も気になって馬車を降りる。
「お嬢様、なりません!」
御者が注意してくれたがそうはいかない。念のため、武器は手に持っていた。嫌な予感がしたのだ。
ドレス姿では動きづらいが、それでも護身用の剣があるかないかでは大きな違いがある。
「ああ、ミランダさんね。ずいぶん大きくなって。懐かしいわ。マモルたちもきっと大きくなっているんでしょうね。早く会いたいな」
先ほどまでの幸せな雰囲気は、一瞬にして壊れていく。
「みんな、下がりなさい!」
事態を理解した私は、慌ててそう叫んだ。使用人たちを危険にさらすわけにはいかない。
「あなた、どうしてそんなに警戒するの? あなただって私のことを何度も見ているじゃないの。とても懐かしいのに、悲しいわ。あの聖地で、私はあなたにお菓子だってあげたじゃない。あなたがいつも泣いていたから、かわいそうで、かわいそうで」
まるで慈悲を私に向けているかのように言う。そんな優しさなど、あなたにはないはずなのに。
「どうしてここに、あなたが……」
「ご挨拶に来たのよ。息子と仲良くしてくれているんでしょ? ありがとう。あなたのおかげでマモルは立派に育ったわ」
目の前の女は、マモルとリサさんの実の母親だった。
そして、邪神教団に二人を売った張本人。
それなのに、彼女はマモルのことを自慢の息子のように語る。
「あなたにそんなことを言う資格はない!」
私は激怒して、大きな声を出した。
彼女は驚いたように目を見開く。そして、かぶりを振った。
「なんで? 私は二人の親なのよ」
「親だからって、二人を好きにしていいわけがない!」
「そうね。でも、仕方ないの。だって二人には才能があるんだもの。その才能を世間のために使わなくちゃいけない。だから私はね、頑張ったんだ」
彼女は平然とそう言った。
「別に、もうあなたに興味はないの。あなたはもういらないから。邪神様の復活にはマモルがどうしても必要だけど、あなたはもういらない。だから、お礼を言いに来たんだ」
「あなたにお礼なんて言われる筋合いはない!」
「そうなのかな? でも、私はあるわ。本当にありがとう。もうすぐマモルは私たちの手元に来る。そしたら、あなたともお別れの挨拶ができないかもしれない。だから私がこうして、あなたたちにお礼を伝えに来たの」
彼女はにこやかに笑った。
「怒らせてしまったかもしれないわね。いきなり来てごめんなさい。じゃあ、私はもう行くわ。お邪魔みたいだし」
「待ちなさい!」
剣を抜こうとした瞬間、大きな風が吹いた。
そして、彼女はどこかへと消え去っていた。これは事実上の宣戦布告だ。
そして、これは私たちにとって大きな意味を持っていた。
マモルにこのことを伝えるべきかどうか。私は今、残酷な選択を突きつけられていた。




