第二十三話 追撃
「チッ……!」
どうして分かったんだ。私は必死になって駆け出した。まさか、こんなに早く見つかるとは思わなかった。
証拠品として残るものは、何一つ残してはいけない。自分の身柄が捕らえられた場合は危険だ。下手をすれば、魔法を使って情報を聞き出されることもある。
だから、早く逃げなくては。追っ手が来る前に。
やっと動き出した邪神教団の活動を、ここで止めるわけにはいかない。
たとえ私が末端の構成員であろうともだ。
余計な情報を漏らしてしまえば、教団にとっての悲劇につながるだろう。
すべては邪神様のために。夜の街の裏道を疾走していると、不意に強烈な殺気に襲われた。
「チッ……! どうして分かるんだ!」
魔力の流れも、こんな狭い通路なら乱反射して追いづらいはずなのに。そう思った直後、後方で爆発が起きた。
騎士団だ。こちらへ迫ってきている。
早すぎる。見つかる危険も考慮して、組織は細分化されている。私も教団関係者二人の情報しか知らされていない。他の末端構成員も同じだろう。
一人が見つかって、芋づる式に教団関係者が逮捕されるのを防ぐためだ。だが、だからといって捕まっていいということにはならない。
早く逃げなくては……どうやって逃げようかと考えているうちに、第二撃が私を襲った。今度は前方で大きな爆発が起こり、体が吹き飛ばされる。
「ぐあっ!」
壁に叩きつけられ、一瞬意識を失った。
朦朧とする意識の中、誰かが空中から降りてくるのが見えた。
「あ……」
思わず声が漏れてしまう。追っ手は、思いもよらない人物だった。まさか騎士団の最高戦力が、自分のもとへ来るとは思わなかったからだ。
魔法学校の校長にして、王国騎士団のトップ。グリーンベルクだった。
「無駄な抵抗はやめていただけると幸いだ。こちらもあまり手を煩わせたくはないんでね」
初老の紳士はそう笑った。まるで、ここが戦場であることを忘れているかのような、優雅な言葉だった。
「何を言っている! どうして無実の私を追うんだ!」
こうなったら、何としてでも逃げ延びてみせる。
そう決意して言い張ると、彼は笑った。
「すでに証拠が上がっている。市場で起きた呪いの事件。あれは、お前たちが再活動するための一つの布石であり、実験だったのだろう?」
グリーンベルクは淡々と言葉を続ける。
「こちら側がお前たちの動きに気づいたとき、どういう反応を示すのか。それを確かめようとしていた。違うかい?」
「こちら側? お前たち? 何を言っているんだ! 呪いなんて意味が分からない!」
必死にごまかす。私は王国の護衛兵として潜入していた。あくまでも名もなき一般兵の一人である。正体さえ知られなければ、まだ言い逃れはできるはずだ。
「だが、証拠が上がっている。お前が教団関係者と思われる人間と、数人接触していることはすでに確認済みだ」
グリーンベルクの声が低くなる。
「言い逃れはやめたほうがいい。それ以上抵抗するならば、傷を負わせることもいとわない。どうする?」
明確な警告だった。だが、ここで捕まるわけにはいかない。
「おい、本当に何を言っているんだ! 冗談はよしてくれ!」
私は怯えていることを装いながら、ずるずると後ずさりする。
「無駄な演技はやめろと言ったはずだがね」
次の瞬間、氷の矢が私の首元に突きつけられた。わずかに血が滲んでいく。
「私は何も知らない!」
「ああ、そうだろうね」
そう言いながらも、グリーンベルクはゆっくりと私を追い詰めてくる。
くそっ。もう逃げることなどできない。
このままでは……
「まあいい。とりあえず、話はゆっくり聞かせてもらおうか」
グリーンベルクがわずかに油断したように見えた。
今だ。私は手に隠し持っていた毒のナイフを、グリーンベルクに向かって投げつけた。しかし、彼の眼前に一瞬で氷の壁が形成される。
毒のナイフは、いとも簡単に弾かれてしまった。
「それが切り札かい? まったく、つまらないことをするものだ」
万事休すだった。
最後の希望を込めて用意していたナイフすら、簡単に弾かれてしまった。
くそっ……どうしたらいい。このままでは……
教団から与えられていた指令を思い出す。どううまく言い逃れれば取り調べを逃れられるのか。
必死に考えていると、グリーンベルクが不意に感心したような声を上げた。
「そうか。すでに他の潜入者が王国の内部に入り込んでいるということだな」
「……!」
「そして、お前たちは何かしらのテロ行為を考えている」
何を言っているんだ、こいつは。
「お前は教団関係者であるその潜入者に協力していた。だが、肝心なことは何も知らない。指定された場所に物を置いていただけだ」
グリーンベルクは淡々と続ける。
「だから、仮に捕まったとしても、これ以上情報が漏れることはない。そう言いたいのだろう?」
目の前のグリーンベルクは、私が考えていたことをすべて言い当てていく。思わず絶句してしまった。
「ど、どうして分かるんだ……?」
「どうして分かるのか、かい? 簡単なことだよ。読心魔法を使わせていただいた」
心が読めるというのか。こちらは邪神様のアイテムを使ってプロテクトを構築しているのに。そんな高度な魔法が存在することすら知らなかった。
「そうか。下っ端には知らされていないのか」
グリーンベルクは納得したように頷いた。
「つまり、この情報が漏れることも、教団側からすれば想定しているシナリオの一つということだね」
そして、少しだけ憐れむような表情を浮かべた。
「君はうまく利用されていたというわけか」
何も言い返せなかった。
「これ以上の抵抗はやめたほうがいい。君はすでに精神を探られているんだ」
グリーンベルクは静かに告げた。
「もう君から引き出せる情報は、おそらくないだろう。それでも命の保証だけはさせてもらおう。さあ、早く投降しろ」
私の知っている情報が、すべてグリーンベルクに伝わってしまった。
その事実に絶望しながらも、最後の抵抗を諦めることはできなかった。
邪神様万歳。
心の中でそう唱えながら、私は口の中に隠していた毒のカプセルを噛み砕いた。




