第二十二話 母親と
―リサ視点―
「ただいま」
私は呪いを解いた後、すぐに大聖堂から帰ってきた。
あまりにも集中力が必要だったからか、とても疲れてしまった。神父様まで私に気を遣って、早く帰ったほうがいいと言ってくれたのだ。
「お帰りなさい、リサ。大活躍だったらしいわね」
私の活躍の噂は、すでに家まで届いていたらしい。
「お母様、やめてくださいよ」
私が恐縮しながら言うと、お母様は優しく微笑んだ。
「何を謙遜しているの? 難しい呪いが三つもかかった患者を助けられたんでしょう? もっと胸を張ったほうがいいわよ」
「どうしてそんなに早く知っているんですか?」
「あら、だってもう街中で話題になっていたもの。あなたが複雑な呪いの術式を、ミスもなく解いてしまったって。聖母様ですらそんなことはなかなかできないとおっしゃっていたわよ」
お母様は、娘のことを誇らしく思っているのだろう。嬉しそうに笑っていた。
私はお母様の笑顔に何度も救われてきた。
彼女は私にとって本当のお母様だ。
あの女とは比べものにならないほど、私に愛情を注いでくれた。
「大げさです。聖母様ほどの魔力を持っているならば、もっと早く解けていたでしょう」
実際、そうだ。
聖母様の体調がよければ、おそらく三十分以内にあの問題を解決していたはずなのだ。
でも、私ならば数時間かかってしまう。
それほど実力には大きな差がある。
「あなたは若いのに謙遜ばかりね。それがいいところでもあるんだけれど、私にとってはとても心配になるわ」
「心配ですか?」
なぜだろうか。不思議に思ってしまった。
「そりゃそうよ。若いときっていうのは、もう少し根拠のない自信にあふれていてもいいものなのに、あなたは何かにつけて聖母様とか、お兄様とか、そういった本当にすごい人の名前を出してしまう」
お母様は少しだけ寂しそうに笑った。
「あなた自身だって十分にすごいのに、自分に対して一番厳しい評価者になっているんだと思うわ」
少しだけ、心臓を突かれたような気がした。
でも、やっぱり私は救われてはいけないんだ。
「上には上がいるっていうのは、よく分かっていますから」
そう恐縮して笑うと、お母様は少しだけ真面目な顔になった。
「確かに上を見たらそうなると思うわ。でもね、リサ。あなたはとてもすごいことをしているの。もう少し自分に甘くなってもいいんじゃない?」
お母様には、私の本質を見抜かれているようにも思えた。
当たり前か。
実の母親以上に愛情を注いでくれているんだから。これ以上本当のことを話してしまったら、真実がばれてしまう。
そう思った私は、話を逸らすことにした。
「夕食の準備を手伝います」
だが、お母様はそれを笑って断った。
「もうできるからいいわよ。座っていて。それに本当に疲れたでしょう? たくさん魔力も使ったはずよ。今日はゆっくりしていなさい」
逆に気を遣われてしまった。お母様には魔法の才能がほとんどない。けれども、お父様のことをよく見ているから、魔力を使うことがどれだけ消耗するのか、よく分かっているのだろう。だからこそ、私にもこうして気を遣ってくれるのだ。
「あの、お兄様は?」
「ああ、マモルなら庭でチェスの勉強をしているわ。本当にあの子はチェスが好きなんだから。誰に似たのかしらね」
きっとお父様だ。
お兄様はチェスがとても強いプレイヤーだけれども、お父様には分が悪い。
いつかお父様にチェスでも勝とうと決心しているみたいだけれど、なかなか勝ち越すことはできないらしい。
なんとなく、二人には血のつながりがないけれど、親子なのだということがよく分かる。
精神的に似ているのだと思う。もしお兄様が、二人の本当の子供だったら……
どんなに幸せな日々を送っていたのだろうか。
「……またそんな顔をして」
お母様が小さくぽつりと呟くのが聞こえた。私は自分の本心が表情に出ていたことに気づき、少し恥ずかしくなった。椅子に座りながら目を閉じる。
そして、あの邪神教団への思いが、ふつふつと怒りへ変わっていくのを感じた。
邪神教団が動き始めたことは、ほぼ間違いないだろう。かつて幼少期に、同じような呪いを間近で見たことがあった。あれは、あのときの教団の最高幹部の一人、大司教が敵対者に向かってかけていた呪いに近い。
大司教はとても優しそうな顔をしているけれど、本質的には冷徹な現実主義者だ。
子供の命を奪うことすら躊躇しないような、冷酷な男でもあった。
あの男が自由に動いているとするならば、今後、街でも大きな被害が出るだろう。
そうなれば、邪神教団の現況も少しずつ分かってくるはずだ。
情報を集めていき、やつらのアジトを見つけ出す。おそらく、どこかに協力者がいるだろう。
その協力者も含めて、全員抹殺する。 お兄様がこの十数年間に味わってきた苦労を上回る苦しみを、彼らに味わわせてみせる。
それが、私の目指す復讐だ。




