第十四話 リサの復讐
「リサ、たまには休んでもいいんだからね」
大聖堂の神父様にそう言われた。
「はい、ありがとうございます」
「特に学校が始まったばかりで、今は大変だろう?」
「そうですね。でも、やっぱりここで働くのが落ち着くというか……」
私は大聖堂の清掃をしながら、そう答えた。いつも午後になると、こうして大聖堂を清掃したり、神父様のお手伝いをしたりしている。
私は聖としての力が強く、こうした活動も重要な仕事のひとつだった。
この世界では、聖女はただ一人しか選ばれない。
そして、その聖女様が亡くなれば、次の新しい聖女様が選ばれることになっている。
私は次代の聖女候補最有力と呼ばれていた。
現在の聖女様はすでにご高齢で、なかなかお仕事をすることもできない。だから私は彼女の弟子となり、こうして大聖堂で働いているのだ。
神父様とも、もうずいぶん長い付き合いになる。
今では娘のように可愛がってもらっていた。
「聖女様のご容態はいかがですか?」
「とても安定しているよ。いつもリサが来てくれるおかげかな」
私は定期的に聖女様へ治癒魔法を施している。衰えた体力を少しでも補い、彼女の負担を軽減するためだ。
「よかった。そう言っていただけるだけでも、ここに来ている甲斐があります」
「そんなことはないよ。君は押しも押されもせぬ次期聖女の最有力候補だ。ほとんどの者は、君が次の聖女になるのは確定路線だと思っているじゃないか。だからこそ、次代の聖女なんて呼ばれているんだよ」
「次代の聖女だなんて大げさですよ。今の聖女様こそが、この世界で唯一の聖女様です」
私は苦笑しながら、そう否定した。
でも、みんなは知らない。私の気持ちが、まったく別の方向に向いていることなんて。私が聖女としての力を強めるために努力してきたのも、すべては邪神教団を壊滅させるためだ。
聖女と邪神教団は、相容れない存在である。
聖女が信仰する神を、邪神教団は否定する。
だから私は聖女になろうとしている。
それこそが、あの女の思惑を打ち砕くことになるからだ。
聖女の力が強まれば強まるほど、邪神教団の力は弱まっていく。
あの女に復讐するためには、私自身が最高の聖女になればいい。
そう考えて、必死に努力を続けてきた。
これは復讐なのだ。
私を捨てた、あの人たちへの。
でも、そんな気持ちを誰かに悟られてはいけない。
私は完全無欠の聖女候補を演じきってみせる。
そうすれば、お兄様と肩を並べて、この世界に名を残すことだってできる。そして、お兄様の存在をさらに世に知らしめることができるのだ。
お兄様がいなければ、今の私は存在しなかった。
その事実を、歴史に刻むことができる。
だから私は、この社会に復讐するためにも、この社会の秩序を守る聖女にならなくてはいけない。
矛盾している。自分でもよくわかっている。
でも、それ以上の復讐があるのかと聞かれれば、私には思いつかない。
誰が何と言おうと、私は邪神教団を壊滅させなければならない。
そう思いながら、私は神への祈りを続けた。
帰宅後、お兄様たちと夕食をとり、楽しく談笑する。最高のひとときだ。
でも、私はある程度話をしたところで、すぐに席を立った。
勉強しなくてはいけない。邪神教団は強大な力を持っている。
闇の力だ。
それを打ち砕くためには、私自身の力をもっと強めなくてはいけない。
お兄様に負けているようでは駄目なのだ。
私はお兄様を守らなくてはいけないのだから。そのためには、お兄様を超える力を身につけなければならない。
だから、寝る間も惜しんで必死に努力する。
最近は、いつベッドに入ったのかさえ覚えていない。
いつも勉強しているうちに、机に突っ伏して眠ってしまう。
たまに、気がつくとベッドの中にいることがある。
たぶん、お兄様だ。
お兄様が私を心配して、魔法でベッドまで運んでくれているのだろう。
お兄様は、私のせいで足が動かなくなってしまった。
自分の手で私を抱き上げることさえできない。それなのに私は、睡魔に負けて自堕落に陥ってしまう。
もっと頑張らなくてはいけないのに。
もっと、もっと強くならなくてはいけないのに。そんなことを考えていたからだろうか。
目を閉じると、すぐに強烈な眠気に襲われた。
さすがに限界が来ているのだとわかった。
私はふらつきながらベッドに潜り込んだ。
そして、すぐに意識を失った。
次の瞬間、私は夢の中にいた。
夢の中には、あの女とお兄様、そして私たちを捨てて出ていった父親――あの男がいた。
私たちは四人家族で、とても仲良く暮らしていた。
「さすがだな、マモルは。こんな魔法もすぐに覚えたのか」
あの男はそう言って、お兄様の頭を撫でている。
あったかもしれない、幸せな日常だった。
でも、私にこんな記憶はない。
ただの妄想だ。
自分がそうあってほしかったと願っている虚構を、夢として見ているだけなのだ。
なんとも情けないことだと思う。
そんな夢を見てしまう自分が許せなくなる。
「リサもすごいわ。お兄様は天才だけれど、あなたはその何倍も努力している。もっとすごいことよ。特に聖女としての力は、お兄様を超えているんじゃないかしら? あなたもきっと、すごい魔術師になるわよ」
そう言われて、私は嬉しくなった。
満面の笑みを浮かべながら、あの女に答える。
「ありがとう、お母様!」
お母様?自分が口にした言葉が信じられなかった。
あの女を、また母親と呼ぶことなどありえない。
私は一体、どれだけ精神が摩耗しているのだろうか。
こんなものは夢だ。
早く覚めなければいけない。
そう思った瞬間、目の前の光景が変わった。
次に現れたのは、私たちが邪神教団に売られる前の記憶だった。
両親は家にいなかった。
「ねえ、お兄様……お母さんは? お母様はいつ帰ってくるの?」
また、あの女を母と呼んでしまう。
でも、これは確かに私の記憶にある出来事だった。
「わからない。ごめんね」
「お腹が空いたよ……」
もう、まともな食事を何日もとれていなかった。
お兄様がなんとか町に出てお金を稼ぎ、食事を用意してくれていたけれど、それだって限界がある。
「大丈夫。もうすぐ帰ってくるよ」
お兄様はそう言って、私を安心させようとしてくれた。
母親だったあの女が用意してくれた食料は、とっくに底をついていた。あの女は、すべてを邪神教団に捧げていた。
私たちのことなど、もう見向きもしない。
食料があれば、それすら売り払って邪神教団に送ってしまう。
私にとって、親と呼べる存在はお兄様しかいなかった。
「少し待っていてね。僕が何か食べるものを取ってくるから」
そう言って、お兄様は私を残し、一人で家を出ていこうとした。
「待って! 行かないで!」
私は泣き叫んだ。
それでもお兄様は、私のために食べ物を探しに出ていった。
私は一人、家の中で震えながら、体を小さく縮こまらせていた。
数時間後、お兄様が帰ってきた。
その体には、ところどころ擦り傷があった。
何か危ないことをしたのではないかと思い、私は心配になった。
「お兄様、どうしたの?」
「大丈夫。ただ転んだだけだよ」
彼はそう言って笑っていた。
そして、買ってきたパンとハムを使って、私に温かい食事を用意してくれた。
今になって思う。
あの頃、お兄様はどれほどの無茶をしていたのだろう。
わずか四歳の子供が、こんなことをできるはずがない。
きっと、普通では考えられないようなことをしていたのだろう。
私を救うために。
私の命を守るために。
お兄様だけだったら、逃げることだってできたはずだ。
誰か大人に助けを求めることもできただろう。
それなのに、私と一緒にいるために。
私を守るために。
お兄様は自ら、苦難の道を選んでしまった。
そして夢は、邪神教団の本部へと移っていった。




