第十三話 幼馴染の帰り道
―ミランダ視点―
いつものようにマモルの車椅子を押しながら、私たちは帰路についていた。
「そうだ。ミランダ、伝えたいことがあるんだ」
思わずドキッとしてしまう。でも、それが私の期待している言葉ではないことはわかっている。だから私も、あまり気負わずに答えた。
「なに?」
「実はさ、昨日助けた男の子がいるじゃない?」
「ああ、彼ね」
「彼と変身術の授業で仲良くなって、今度一緒に勉強することになったんだ。アイザっていうんだよ」
「へえ、そうなの。珍しいわね。マモルに新しい友達ができるなんて、久しぶりじゃない?」
思わず驚いてしまった。
マモルの才能を知ると、同世代の男の子たちは彼を近寄りがたい存在だと思ってしまうようで、話しかけることすら少ない。
例外といえばシルバさんだけれど、あれは友達というよりライバル関係だし。たまにマモルに助けてもらった子がお礼を言いに来ることはあるけれど、彼らもマモルを友達というより恩人として扱っている。だから、対等な関係の友達ができるなんて、本当に久しぶりのことだろう。
少しだけ胸が痛んだ。
独占欲だ。
今までずっと、マモルは私のことを友達だと思ってくれていた。たぶん、近所に住んでいる唯一の友達だと思ってくれていたはずだ。でも、その特別さが少し失われてしまった。
こんなことに嫉妬を覚える自分が、本当に情けない。
マモルなら、きっとそんなふうには思わないはずなのに。どうして私は、こんなことを気にしてしまうんだろう。どんどんマモルが遠くへ行ってしまうような気がした。
どこか寂しい。
ずいぶんと重たい感情を抱いてしまっている。恋人でもなければ、許嫁でもないのに。
私が彼の交友関係に口を挟むことなんてできない。そんなことをしたら、恩を仇で返すようなものだ。
それなのに、どうしてこんなに胸がチクチクするんだろう。
「それでさ、ミランダ」
マモルが話を続ける。
「何?」
「よかったら、ミランダも一緒に勉強しないかい?」
想像していたものとは違う言葉に、私の心はぱっと華やいだ。
「いいの? 二人で勉強するって話でしょ? 私が行ってもお邪魔じゃない?」
「大丈夫。邪魔なんかじゃないよ。アイザにも今度話しておくけど、ミランダが邪魔になるわけないじゃないか」
彼は優しく笑った。
「リサは聖女の仕事があるから、なかなか放課後に一緒にはいられないだろう?」
「ええ、そうね」
「だから、本当に助かっているんだよ。こうしてミランダが一緒に帰ってくれるのが。僕もすごく楽しいしね。だから、できる限り続けたいなと思って」
その言葉を聞いて、顔が熱くなっていく。
どうしてこの人は、こんなにも私の言ってほしいことを言ってくれるんだろう。
もう、本当に……
「でも私、貴族課程だし……」
「そんなの関係ないよ。貴族課程だって、防御術と変身術は最低限覚えておかなくちゃいけないものでしょ? 攻撃魔術も覚えれば、剣士としてさらに成長できるし、護身にも役立つ。貴族として責任を果たすためにも、必要なことだと思うよ」
私が気負わずに済むように、彼はとても配慮してくれていた。本当に、どうしてこんなにも私のことを考えてくれるんだろう。受けた恩があまりにも大きいだけに、彼の優しさが申し訳なくなってしまう。
やっぱり、彼は私にとって特別な存在だ。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」
私がそう言うと、彼は本当に嬉しそうに笑ってくれた。
「うん。じゃあ、今度勉強会をするときに連絡するね」
「ええ、楽しみにしているわ」
私たちはそう約束した。
「あら、マモル君、ミランダ様。今お帰り?」
声をかけてきたのは、肉屋のおかみさんだった。私たちの姿を見て、にこにこと笑っている。マモルはこの町の人たちにとって英雄であり、同時に、みんなの息子や孫のような存在でもあった。
特に年配の方々からは、とても可愛がられている。年配の人たちはマモルの生い立ちを知っていて、彼の境遇に深く同情しているようだ。
自分たちは彼を守れなかった大人なのだと、どこか責任を感じているのかもしれない。
だからこそ、こうしていつも声をかけてくれるのだろう。
「ああ、そうだよ。学校の帰りなんだ」
「そうよねえ。じゃあ、お腹が空いたでしょう? よかったらこれ、おまけで持っていってくれる?」
そう言って、おかみさんは紙袋に入った揚げ物を渡してくれた。コロッケだ。
新大陸から伝わったジャガイモに、タマネギや少量のお肉を混ぜて揚げた家庭料理だ。皇帝陛下は、飢饉に備えてジャガイモの栽培を奨励している。そのため、最近ではこうしたアレンジ料理が庶民の間にも広まっているのだ。
食糧供給の安定は、邪神教団の勢力衰退にも大きく関係していた。邪神教団のような存在は、人々の心の隙間や貧困につけ込んで勢力を拡大する。
だからこそ、食糧の安定供給は必要不可欠なのだ。お父様はいつも、私にそう教えてくださっていた。
「ありがとう。お金はいいの?」
「いいのよ。二人のおうちは、いつもうちからたくさんお肉を買ってくれているじゃない。これくらいおまけしたって罰は当たらないわ」
そう言って豪快に笑うおかみさんを見て、私は小さな幸せを感じた。私たちはお礼を言って店を離れ、近くにある公園へ向かった。
公園で車椅子を止め、紙袋に入った揚げ物を二人で分ける。お行儀は悪いけれど、やっぱり熱いうちに食べたい。貴族としては失格かもしれないけれど、私たちはいつもこうして手で食べてしまう。
「あちっ!」
マモルが一口かじって、小さな悲鳴を上げた。猫舌だ。
「ふふっ。そんなに慌てて食べるからよ」
私も一口かじる。ジャガイモの甘みと、お肉やタマネギの優しいうまみが口いっぱいに広がった。ああ、幸せだ。
幼い頃、邪神教団に囚われていたときは、食事の味なんてほとんどわからなかった。いつ殺されるかわからず、ずっと怯えていた。
食事をしているときでさえ、心が休まることなんてなかった。それなのに、今はこうしてマモルと二人で、穏やかに食事をとることができる。なんて幸せなんだろう。
「幸せだなぁ」
マモルも同じことを考えていたようだ。
私の気持ちを代弁するかのように、同じ言葉を口にしてくれた。
「そうね。ずっとこうしていたいな」
私も思わず本音が漏れた。
少しずつ日が落ちていく。夕暮れの公園で、私たちはコロッケを食べながら、他愛もない話を続けた。
こんな時間が、いつまでも続けばいいのに。私は心の中で、そう願っていた。




