第十一話 防御術
翌日、最初の授業は防御術だった。
教師であるグラント先生が、黒板の前に立つ。
「いいか。まず、防御術は戦闘において最も基本となる魔法だ。相手からの攻撃を防げなければ、その時点で戦闘不能になる。これができなければ、どれほど強力な攻撃魔法を覚えても意味はない。そう思え」
グラント先生は現役のS級魔導士だ。
防御魔法に長けており、その異名は『絶対防御』。魔力攻撃の無効化や身体強化をはじめとする補助魔法の達人であり、危機を乗り越える術について、彼以上に詳しい者はいないと言われている。
だから私も、この授業を楽しみにしていた。
「まずは弟子と私の模擬試合を見せよう。この弟子はA級魔導士相当の実力を持っている。では、一発撃ってみろ」
弟子が詠唱を始める。
大きな火球が生み出され、それが高速でグラント先生へと向かっていった。
しかし、グラント先生も同時に火球を放ち、正面からぶつける。
二つの魔力は激突し、爆発とともに消滅した。
教室だから手加減していたのだろう。それでも、その攻防を目の当たりにした生徒たちは茫然としていた。
「すごい……これが本当の戦いなんだ」
血気にはやる男子生徒が、感動したようにつぶやく。
でも、こんなものじゃない。本当の達人同士の戦いは……
「まず、一番基本となるのは相殺だ。このように同程度の威力を持つ攻撃魔法をぶつけ、互いに無効化する。しかし、相手がこちらを大きく上回る魔法を使った場合や奇襲を受けた場合には、うまくいかないこともある」
グラント先生は左手を前に出した。
「そういう場合は、手に魔力を集中させ、直接ぶつけて無効化する。相手の魔力は距離が長くなればなるほど減衰していく。だからこそ、自分の身体に最も近い位置で迎え撃つんだ」
再び弟子が火球を放つ。
だが今度は、グラント先生が魔力を込めた左手を突き出しただけで、火球は跡形もなく消え去った。
「ただし、これは失敗すれば自分自身が傷つく。最後の手段でもある。魔導士同士の戦いでは、ここまで接近されること自体が危険だ。基本的には互いに距離を取り、遠距離から攻撃を撃ち合ったほうがいい」
先生は教室全体を見渡す。
「他にも、魔法陣を使って領域全体の魔力を無効化する方法や、魔法耐性を持つ防具を利用する方法もあるが、それらは追々説明しよう。まずは基本となる『相殺』と『無効化』を覚えてくれ。これができなければ、次の課程には進めない」
そう言って、先生は生徒たちに指示を出した。
「では二人一組になれ。互いに練習用の魔力を撃ち、防御術を試してみろ」
お兄様と私はペアになり、実戦形式の訓練を始めた。
しかし、お兄様ほどの魔導士ならば、私の攻撃を見切ることなど簡単だ。
まるで赤子の手をひねるかのように、私の攻撃を次々と無効化していく。
(すごい……)
思わず心の中でつぶやく。
今度はお兄様が攻撃する番だったが、当然、手加減してくれているのだろう。私でも打ち消しやすいよう、威力も速度も調整されていた。
「さすがリサ。うまいね」
お兄様はそう褒めてくれる。
しかし――。
教室を見渡せば、ほとんどの生徒は私たちのような応酬ができていなかった。
多くの若者たちは攻撃魔法ばかりに気を取られ、防御する術をろくに身につけていないのだ。
そのため、教室のあちこちから、
「痛い!」
「おい、やめてくれ!」
そんな声が飛び交っている。
今回使っている練習用の魔力は、身体に当たっても静電気のようにピリッとする程度だ。それでも、何度も失敗して受け続ければ、さすがに痛い。
C級魔導士相当の実力を持っているはずなのに、こんな基本すらできていない。
その光景を見て、私は思わず絶句した。
(お兄様のことを馬鹿にしていたくせに、どうしてこんな簡単なこともできないんだろう……)
不思議でならなかった。
グラント先生も、ほとんどの生徒を見ながら渋い顔をしている。
「これは少し時間がかかるな」
苦笑しながらそうつぶやいた。この課程で先生に認められなければ、次のコースには進めない。
そんな中、先生がお兄様と私を手招きした。
「さすがグリーンベルク家の兄妹だな。よくできている。ついでだ。卒業試験をやってみようか」
そして、お兄様を見る。
「マモル君。私の攻撃を受けてみないか? 君ほどの実力なら、私も少々本気を出してみようと思うがね」
グラント先生は挑戦的に笑った。先ほどまでとは打って変わって、その眼差しは真剣そのものだ。
先生は生徒たちに、教壇から十分に距離を取るよう指示した。
巻き込まれる危険があるからだ。
教室内ということもあり、使うのは火球魔法だけらしい。
それでも――詠唱が長い。火球魔法の中でも最上級に近い一撃を放ち、お兄様を試そうとしているのだろう。
やはり、この先生は現役のS級魔導士だ。
昨日、お兄様の恐ろしいまでの才能を目の当たりにしたからこそ、一人の魔導士として、その実力を見極めたいのだ。
やがて、先ほどの数倍はあろうかという巨大な火球が、先生の頭上に生み出された。
「えっ!?」
生徒たちから驚愕の声が上がる。
「準備はいいかな、マモル君?」
「はい。いつでも来てください」
思わぬ形で、お兄様とS級魔導士の真剣勝負が見られる。
教室中が騒然となった。
そして――
先生の頭上から、巨大な火球が放たれた。一直線に、お兄様へと迫っていく。
しかし、お兄様は何事にも動じなかった。
無詠唱で氷の魔力を生み出し、それを一点に集中させ、火球の中心へと撃ち込む。
次の瞬間……
音もなく、巨大な火球が消滅した。
「……っ!」
さらに、火球を貫通した氷の粒が、そのままグラント先生へと向かっていく。あれほど小さな氷の粒で、巨大な火球を相殺したのだ。
先生は驚いたように目を見開いた。
だが、すぐに口元を吊り上げる。
「面白い」
迫り来る氷の粒を、今度は先生が腕で受け止め、その魔力を無効化した。生徒たちはその光景を見つめながら、自分たちとの圧倒的な実力差に愕然としていた。
「さすがだ。私の想像以上だよ、マモル君。君に教えることはないね。この授業では自習でもしているといい」
先生はそう言って、お兄様に拍手を送った。周囲の生徒たちも、それにつられるように何人かが拍手を始める。
私は今にもお兄様のもとへ飛び込んでしまいそうなほど、嬉しい気持ちに包まれていた。
(さすがはお兄様だ。私たちの想像なんて、はるかに超えていく……!)
「では、リサ君。問題だ」
突然名前を呼ばれ、私は姿勢を正した。
「先ほどの攻撃で、マモル君が放った氷の粒を私は防いだ。では、実戦でマモル君が私にダメージを与えようとした場合、どうすればいいと思う?」
「はい」
思わぬ問いに一瞬固まってしまったが、すぐに考えをまとめる。
「二つ考えられます。一つは、先生の防御力そのものを上回る上級魔法をぶつけること。もう一つは、先生の防御が追いつかないほどの飽和攻撃を仕掛けることです。この二つのどちらかが有効だと考えます」
「うむ」
先生は満足そうに頷いた。
「みんなも覚えておくように。相手の防御技術が優れている場合、数で圧倒するか、それを上回る力で押し潰すか。基本的にはそのどちらかだ」
そして、私たち兄妹を見て笑う。
「さすがグリーンベルク家の兄妹だな。みんなも二人を見習って勉強するように」
そうして、最初の授業は終わった。




