第十話 何もしていないのに締め付けられる心
―リサ視点―
「お兄様、入りますよ」
夕食が終わってすぐに自室へ戻ったお兄様を追って、私は彼の部屋に入る。
夕食もあまり喉を通らなかったようで、とても疲れている様子だった。おそらく、魔力を使いすぎてしまったのが原因だろう。
お兄様は魔力のキャパシティが半減しているにもかかわらず、強力な魔術を使うことができる。だからこそ、その反動も大きいのだ。
「……あ、リサ」
少しかすれた声が聞こえる。やはり、相当消耗しているようだ。
「お兄様、お茶を持ってきました。よく眠れるやつです」
そう言って私は、思い出のハーブティーを兄に手渡した。
「ありがとう。懐かしいね。昔はよく、二人で飲んでたね、これを」
幼少期の記憶が蘇る。
私がどんなに泣き叫んでも、あの女は家を出ていった。家族よりも信仰のほうが大切なのだと言い張って。そうしなければ、私たちはもっと不幸になるのだと、あの女は言っていた。
今考えても、異常なことだと思う。
それなのに、お兄様はそんな状況にも文句一つ言わず、私を守ってくれた。
わずか五歳で、どこからともなく食料を調達して、私にご飯を作ってくれたのだ。
家にあったお金も、ほとんど邪神教団に渡してしまっていたはずなのに、お兄様はどこからか食費を工面してくれていた。おそらく、魔力を使って何かをしていたのだと思う。
お兄様がいなければ、私はどこかで死んでいただろう。それほど過酷な状況だった。
私が寂しくて眠れないときは、いつもお兄様がこのお茶を淹れてくれた。
だから、これは私にとって思い出の味だ。
リラックス効果があって、飲むととても気持ちが安らぐ。
「今度は、私がお兄様に淹れる番ね」
「うん、美味しいよ。僕が淹れるより、リサが淹れてくれたお茶のほうが美味しいね」
お兄様は、いつもこんなふうに私のお茶を喜んでくれる。
よかった。少し安心しながらも、お兄様の様子を見ているうちに、私の胸には再び怒りが込み上げてきた。邪神教団も、あの女も、私は許さない。もう、あの女を母親だと思ったこともない。
私たちを生贄に捧げれば天国へ行けると、本気で喜んでいた異常な女。
もし、お兄様が最初からグリーンベルク家に生まれていたら……魔力を失うことも、足が不自由になることもなかった。
そう考えるたびに、自分たちの生まれを呪うことしかできない。私のそんな感情を読み取ったのか、お兄様は少し不安そうな顔をした。
体調の悪いお兄様に、これ以上心配をかけてはいけない。
「じゃあ、おやすみなさい」
それだけ言って、私は部屋を出ようとする。
「リサ」
扉を閉める寸前、お兄様に呼び止められた。
「なに?」
振り返ると、お兄様はベッドから少しだけ身体を起こしていた。
「おやすみ。リサが妹で、本当によかったよ。自慢の妹だ」
どうして、この人はこんなに……こんなに優しいんだろう。
思わず涙がこぼれそうになる。それを必死にこらえて、「もう、何を言っているのよ」と、誤魔化すことしかできなかった。
もし、教団が復活したとしたら……私は彼らを滅ぼしてやる。
どんな汚い手段を使ってでも。こんな復讐心に燃えている私が、「現代の聖女」などと呼ばれていることには、違和感しかない。
確かに私は回復魔法が得意だし、呪いなどへの耐性も高い。
でも、それはきっと――無意識のうちに、邪神教団を潰すために鍛え上げてきた結果なのだ。
みんなはこの能力を「聖女の力」だと言う。でも、そんなものじゃない。
ただの復讐心だ。
そして……ただの贖罪だ。
自分の浅はかさに嫌悪感を抱きながら、私はゆっくりと兄の部屋を離れた。
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