038 伯爵令嬢の岐路
色々な子たちの話が続いてます!
おつきあい頂ければ幸いです。
「メルヴァンお兄様。一度、ジェラルド様にお会いしたいです」
珍しくメルヴァンの執務室を尋ねてきたフランチェスカにも驚いたが、いつも勝気な彼女が俯き加減に震える声でお兄様を付けて呼んだ事に1番驚いた。しかし、今日までに済ませたかった領地の書類をめくりながら、向かいに身を縮こまって立っている妹を目線だけチラッと見ると温度の無い声で答える。
「あぁ。ジェラルド殿との婚約を進めることにしたのかい?まぁ君にとっては最善だろう」
「ちがっ・・・違います」
未だ俯き加減のフランチェスカは、否定の言葉を紡ぐ。何が違うというのだろうか。年寄りに嫁いだり、修道院へ入るより、若い見目のいい男と男爵だろうと貴族になるんだ。彼を選ぶだろうとはメルヴァンも考えていた。
しかし、所在なさげなフランチェスカに疑問を抱きつつエーレンフリートとの会話を思い出す。ニコラスと話をして彼女にも何か思う所があったのだろうか。メルヴァンは先ほどまでの冷めた気持ちを落ち着かせ彼女の話を聞いてみようという気持ちになった。
「何が違うんだい?」
思ったよりも優しい声色に、フランチェスカは顔をバッと上げメルヴァンを凝視する。フランチェスカの顔色は屋敷に謹慎してから日に当たることが無かった為か元々色白だったが更に青白くなっていた。
フランチェスカは謹慎を言い渡された最初の頃こそは、不満げな態度も隠さずナルチェルに菓子を買って来てもらいとめどなく食べて居たため、血色が良くなりすぎて、ドレスもキツそうになっていた。
今のフランチェスカは、青白い顔に頬から膨らみを、髪からは艶を、失ってた。ドレスはぶかぶかとまではいかないがゆとりが増えている様に見える。
「フランチェスカ?なぜ、ジェラルド殿とお会いしたいか聞きたい。君の兄として、ジェラルド殿の仕事相手として聞きたい」
メルヴァンの言葉に、フランチェスカはまた伏し目になりしばしの時が流れる。一つ呼吸をした後に自身の考えをぽつりぽつりと話し始める。
「ジェラルド様にお会いしたいのは・・・
ジェラルド様のお気持ちを伺いたいからです・・・
私は、テイラー侯爵子息にも、ジェラルド様にも・・・大変失礼な事をしました。ですので、私が幸せになろうと・・・・するなんて・・・烏滸がましいのは重々承知しております。
ですが、・・・・ニコラスが・・・」
そこで、口を閉ざすと我慢していた嗚咽と共に涙をボロボロと流し始めたフランチェスカにメルヴァンはまたも驚愕した。慎ましやかな態度もだが、勝気で傲慢な妹の泣き顔など見たことが無い。幼少期に離れて過ごして、顔も合わせる日が少ないのだからそれも致し方ない。
メルヴァンは驚きで言葉が出なかったが、フランチェスカは執務中の兄がいつまで待ってくれるのか分からないと不安になり必死に泣きやもうと焦り唇を噛み、ハンカチで目をゴシゴシと擦る。
そんなフランチェスカの行動にやっと我に帰ったメルヴァンは慌てて執務机の席を立ちサイドボードの水差しでハンカチを水で湿らすとフランチェスカを来客用の長椅子に手を引くと座らせ自分も隣に座った。
「落ち着くのを待つから。そんなに擦ってはいけない。ほら、このハンカチを目に当てなさい」
濡らしたハンカチを渡し、背中をさするとフランチェスカの鳴き声は大きくなってしまった。何故だ。
「なっ・・・・なん・・・・でぇ・・うぐぅ・・・ヒック・・・お・・・にぃ・・・さまも・・・ニコ・・・・も・・・うっうっ・・・うわぁ~ん」
メルヴァンは長子だが、兄弟との関係は希薄だった。だが、領地では領地経営の補助を行う男爵家の代官たちや、使用人たちの子供らと遊んだり勉学に励んだりしていた。
年上の子らには優しくしてもらい、年下の子らには優しくした。彼が健全に育ったのは、祖母譲りの顔立ちのせいで母親に嫌われ、母親の元を離れ祖父母の元で育ったからだろう。何とも皮肉な事だろうかと思っている。
長い時間、背中をさすり頭を撫でている事となったが、フランチェスカも落ち着きを取り戻した。目は腫れ、鼻と頬を真っ赤にしているがソレに構わずそっとメルヴァンを見上げる。
「おにい・・・様。少し落ち着きました。ありがとう存じます」
「うん・・・・」
「なんですか?」
「すまない。ひどい顔だ」
メルヴァンは祖父母の教えで、自分の事をだいたいは自分でしてしまう。なので、メルヴァンの執務室にはちょっとした休憩に自分でお茶をいれるような器具が揃っていた。
メルヴァンは席を立つと紅茶用に沸かしたお湯を保温機能のある容器から洗面器に出し、水差して水を足しぬるま湯を作る。タオルを持ってくるくるとぬるま湯にくぐり絞り、フランチェスカの隣に座り直すとそのタオルでフランチェスカの顔を優しくゆっくりと拭く。ゆっくり優しく拭くメルヴァンにフランチェスカの止まったはずの涙が溢れだす。
「こら。また泣いては拭く意味がないだろう?」
「だって・・・おっ・・・・お兄様が・・・・やっ・・優しくて・・・」
「なんで、優しくて泣くんだ」
メルヴァンはため息を吐きながらフランチェスカの顔を拭う。実の兄弟の世話をするのが成人してからだとは思わなかったとなんだかおかしな気分になった。先程まで構えてた気持ちが凪いでいく。妹と話をするのに何を構えていたのだろうか?
「フランチェスカ。ゆっくりでいいし、泣きながらでも、顔を上げなくても構わない。君の話を聞かせてくれないか?」
差し出されたお茶にゆっくりと口をつけ唇と喉を湿らせたフランチェスカはコクリと頷く。
「ニコに・・・」
「ニコラスに?」
「『姉様はお母様の操り人形でいいのですか?』とか・・・『姉様は何故、王子と結婚したいのですか?高位貴族との結婚が姉様の幸せせすか?』と聞かれました」
「ニコラスが・・・そうですか。それで?」
「はい・・・今更で恥ずかしいのですが、ニコにそう言われた後、エーレンンフリート様の婚約者の時の家庭教師に頂いたマナーの教本を読みました。私は全然、理解出来ませんでした」
「あぁ」
「ニコが、ひとつずつ作法にはそれぞれの意味があると説明してくれました。私の知識は乏しく、王子殿下どころかエーレンフリート様の妻としても不足が多い事に気がつきました・・・。
・・・・私は、お母様の言う通りにしていました・・・・。女の子は可愛ければいいのだと。美しあれば男性がほっとかないので、その後は子を産んで愛でるだけなのだと・・・・お父様も、お母様の身分からしたら高位貴族だからお母様は成功例でしょうと。
それに、もっと高位の人からも未だに愛されているのよ。とも言ってました。だから、わっ、私も美容やドレスや宝石にしか興味を持てなくて・・・。
それによって、謹慎中の学園の課題も出来ず・・・私の至らなさを痛感致しました・・・・・・。
私・・・・・5歳も年下のニコラスにアドバイスを貰い、しかもあの子は課題の内容を見て本を届けて・・・くれて・・・ずっと、優しくしてあげれなかった・・・わたしに・・・」
「ニコラスが一番父上の優しい所、似ているよね」
メルヴァンが微笑むとフランチェスカは弾かれたように顔を上げ、コクコクと頷いた。
「それで、君はジェラルド様との話し合いを希望するんだね?」
「はい。ジェラルド様がお嫌で無ければ話し合いをしたいと思います。
ジェラルド様にとっては私との結婚は、王太子殿下から出された罰の一つだと伺いました。私が拒否した場合、他の罰があるかもしれません。
ジェラルド様はどうされたいのか、これから学びを始めますし、テイラー家は内々に纏めてくれた婚約白紙ですが・・・色々な噂わされるでしょう?・・・私が嫁ぐ事はあの方にとって不利益になります。私が断った場合の罰と私と結婚するという罰のどちらがあの方にとってまだ良いのかあの方とお話したいと思います」
メルヴァンはよしよしとフランチェスカの頭を撫でると、フランチェスカは困惑顔でメルヴァンを見つめた。そんなフランチェスカに、メルヴァンは微笑むとゆっくりと話を始める。
「フランチェスカ。君の行いは貴族令嬢として良くないことだと理解したね」
「はい」
「気が付いた事が1番大切だ。ジェラルド殿に面会依頼を通しておくよ。よく話し合いなさい。彼も君との対話を望んでいる」
拝読ありがとうございます。
~登場人物~
メルヴァン・ブラウン伯爵令息(22)
ブラウン伯爵令嬢一子(長男)*髪:オレンジ色、ストレート、ボブ*瞳:紫紺色
【愛称:フラン】フランチェスカ・ブラウン伯爵令嬢(17)
ブラウン伯爵令嬢二子(長女)女児一人*髪:ミルクティ色、ロング、ゆるウェーブ*瞳:亜麻色




