026 第一王子の苦悩
読んでいただきありがとうございます!
物語があまり進まなくてすみません。
心理描写を多めにこのまま進んでいきます!
「届いたか?」
イーヴォイェレミアスは最近、何故か裁判案件も多いので日参するエーレンフリートに帝国皇太子よりの書状を手渡す。一応、第一王子なんだが私は。と思いつつも人払いをされた部屋で彼が直接的な物言いをするのには慣れている。彼は、薄い空色の髪を耳にかけ、美麗な眉を顰めその書状をくまなく読み込む。
最近『微笑みを絶やさない貴公子』と呼ばれるエーレンフリートの笑みの無い顔ばかり見ているなとどうでもいい事を考えていると書状を返しながらエーレンフリートは今後の予定を伺ってきた。
「陛下との面会はいつ頃になる?叔父上にはクレメンスが知らせる。最近では、毎日テイラー邸に日参してくれる。領地の勉強までしているのに色々させて申し訳ないがな・・・」
「明日の午後にと返事が来ている」
「分かった。・・・・・・私は次の仕事に参ります。こちらの回答をお願いします」
従兄弟同士の会話を終え、一呼吸取ると突然臣下として慇懃に礼をして自身の書類用鞄から書面を取り出し侍従へと渡す。これは、通常の仕事の書類だ。やることが多くて泣きたくなる。
まぁそんなことより今は、ハーシェルヒルムの婚約と、ディオティマの婚約を伝える事が一番辛い。二人の恋の邪魔を自分がしてしまう。
確かに我々は王族で高位貴族である以上、政略結婚は否めない。しかし、可愛い弟と従妹だ。どちらの恋も叶える事は無理だがどちらかの想いは叶えてあげたかったと兄心に思って胸を痛める。
陛下の様に、後々に禍根を残す歪みにならないかも危惧する。お祖父様は父上と話しはしたのだろうか?否。していないだろう。今までの王族として生きてきたのなら父親が婚姻相手を決めるのも政治の一端で当たり前だったのだろう。
きちんと二人の気持ちも聞かなくてはならない。それしかできない。私のこの考えは母親譲りかと考え王族らしくないと苦笑する。
「先にハーシェか・・・」
「なんですか?殿下」
ふと漏れた声に、ラファエルが耳ざとく聞き返す。いやなんでもないと答えると溜まった書類に目を通し始める。正直、現実逃避だ。仕事をしている方が楽とはなかなかな状況だなと更に苦笑が漏れる。幾分か集中して執務を熟すと。
「殿下。お茶を淹れましょう」
私の様子に、思うところがあるのだろうと、側近たちは気を使ってくれる。正直、私には恋心というものが分からない。第一王子に産まれ、幼少の頃からそれなりの才能があった。周囲は期待して教育を行う。教育を苦だと思った事は無いが、学生時代は入学前に殆どの教育を終えた私は、執務室で過ごした。テストだけ受けに行くだけの通学。
どこの家の令嬢が可愛らしいとか、優秀だとか、麗しいだとか同じ年頃の令息たちとそんな他愛もない話をしたこともない。そういうことをするものらしいと、側近の中の一番年嵩のトビアスに聞いたくらいだ。
私と、気楽に話せる従兄弟も悪い。アレは幼少の時に婚約者が決められ、そのような話をするのも憚られたし、そもそも、同じ年ごろの令嬢とは話が合わないので婚約者だけを相手すればいいのは楽で良くてよかったとまで言っていた。酷い。まぁ、私も同族だろう。
そして、私の側近にも問題がある。皆が爵位を継がない次男以降や兄や弟のいる令嬢たちである。爵位を持てない場合、有能さを示さなければ貴族として立ち行かない。
よって結婚願望がない。まず、自分の生活を立てる事に邁進して努力を怠らない人間だ。まぁ、そんな人間が使い勝手がいいので傍に置いている。こちらに秋波を投げる様な人間も側近にはいらない。
そんな、私が初々しくも恋をしている弟妹に夫々の希望に副わない婚約の話をするのかと思うと溜息が多くなる。今まで眺め楽しんでいた罰だろうか?
◇◇◇◇◇
「よく来たな、ハーシュ」
「お邪魔します。兄上」
これでもかという程、顔を青くした弟が入室してきた。少しでも顔色が戻ればと彼の好きなミルクティーを出してもらう。口を付けると少しほっと小さな息を吐く。
「帝国より正式な書簡が届いた。明日の午後、陛下との面談がある」
「はい・・・・畏まりました」
「・・・・・・すまない・・・」
思わず零れた謝罪に、ハーシェルヒルムはバッと顔を上げ今度は青い顔がみるみると血色を取り戻し今度は赤味を帯びてくる。
「知っていたのですか?」
「・・・・・隠してたのか?」
「あっ・・・一応?」
「ふふっ。そうか」
「ディーも気づいてますかね?」
「あぁ・・・・・・ディーは気づいていないだろう」
「やっぱり?・・・・先日、恋の相談をされたのですよ」
「ディーにか?・・・・それはまた・・・・」
重いような、笑えるような、何とも言えない沈黙が広がる。一息つこうと、お茶に口を付ける。ハーシェルヒルムの好みで桃の果もポットに淹れたようだ。ほんのりと甘い香りが鼻孔を擽る。少しの間その甘さに浸っていると、ハーシェルヒルムがカップを覗いたまま話し出す。
「相談された時に、ディーの眼中にない事は知っていましたが、彼女が失恋したら私にも機会があるのではと卑怯な事を考えました」
良くないですね。とお道化て笑う弟になんと言葉をかけたらいいのか。
「不甲斐ない兄ですまない」
ハーシュを応援する手段も、励ます言葉も見つけられない・・・。そんな事しか言えない情けない私を見て、同じ青紫の目は見開きゆっくりと細く弧を描いた。
「兄上はそんな事考えていたのですね。王族なのだから、受け入れろと言われると思いました」
「いやっ言っているだろう?」
ふふふっと笑う弟を不可解な者を見る目で見ていたのだろ。
「そんな目で見ないで下さい。王族として姫を娶ることを誇りに思っております。しかし、私なりに別の女性に恋心がありました。それは、王族として頭ごなしに消されるものだと思っていました。
でも、兄上はそんな私の恋心に寄り添ってくださいました。嬉しかったです。兄上が僕の兄上でよかった・・・・帝国の姫君との婚約、承知致しました」
にこりと微笑む弟の王族としての心構えを見て、成長にぶわっと感情が高ぶる。突然、膝の上にあった手の甲へ暖かいものが落ちる。
「なんで、兄上が泣くんですか。明日、陛下に承認されたら、おめでとうと行ってくださいね」
同じ顔で笑いながら二人ぽろぽろと涙を流す私たちに、人払いしておいて良かったとナサニエルはハンカチを其々に渡した。二人の話を聞いていたこの乳兄弟もボロボロ泣いているので3人で顔を見合わせ久々に大笑いした。
明日には、澄ました笑顔で婚約の決定を喜び祝い合う王族でなくてはならない。
◇◇◇◇◇
陛下への申請はあっさりと承認され、議会にかけて取り繕う気もないようだ。少し、陛下側を探る算段を練り直す必要が出来た。ハーシェルヒルムと帝国の姫君の婚約と、私とディオティマの婚約が内定した。契約を交わし婚約の成立となる。
「ご招待を賜り、参上致しました」
可愛い従妹が入室と共に淑女の微笑みを浮かべ、それは優雅なカーテシーを披露する。席につくよう促すと気品を磨いた所作で席につく。いつもはふわふわと波打つ淡い夕日色の髪は今日はきっちりと編み込まれおりアップスタイルは幾分大人っぽく見える。青い瞳は痛憤を掻き立て静かに揺れていた。
今日は、彼女好みの柑橘系の香りの紅茶と、菓子はベアトリクス推薦のショコラのケーキを用意した。彼女はお茶に口を付けるとほんの一瞬口元を緩めるがすぐに引き結ばれた。
「ディオティマ・アンダーソン侯爵令嬢。本日、正式に婚約の申し込みをアンダーソン公爵へ打診した。・・・・叔父上は断らないだろう・・・・」
「はい。存じ上げております」
ディオティマは、きちんと顔を上げイーヴォイェレミアスを夏の濃い空のような青い目で見据えながら答える。しかし、視線がまったく合わない。
すまないというのも違う。君を守るためだとは言えない。彼女の中では、何故いまなのかという事が渦巻いているのだろう。ハーシェルヒルムにエーレンフリートの婚約が白紙になったから頑張ってみると宣言していたと聞いた。
エーレンフリートとブラウン伯爵令嬢の婚約白紙の前に、私と婚約していたら彼女はすんなりと受け入れていたのだろう。しかし、長年の想い人の婚約がなくなり自分に機会が与えられたのでは?と思った矢先の婚約話だ。
しかも、それはほぼ王命で断ることなど出来ない。ハーシュと話した時より言葉が出ない。何を言っても彼女の気持ちを救うことなど思わないが、寄り添うことも出来ない。余りに情けない顔をしていたのだろう。
一度、深く長い瞬きをしたディオティマの青い目には先ほどまでの、強い怒りの焦燥を瞳から消し、美麗な夕日色の眉尻を下げてディオティマが口を開く。
「どうして、イヴ兄様がそんな顔をなさるの?泣きたいのは私です。それをご存じでしょう?」
「あぁ」
震える声で一言の肯定しかできない自分が第一王子なのにと不安になるほど情けない。そんな心情を見透かすようにディオティマは大きな溜息をつき口を開く。
「イヴ兄様が毅然として死刑宣告かのごとく告げて来ると思っておりましたから、私はたくさん文句を言おうと張り切ってまいりましたのに・・・次期王がそんな情けないお顔をされてはいけません!
何で側近がこんなに少ないのか不思議に思っておりましたの。ウッド伯爵子息、英断だわ」
イーヴォイェレミアスの執務室には今、イーヴォイェレミアスとディオティマ以外に筆頭侍従のハイムントと護衛騎士のトビアス、ジェラルドの5人のみ。婚約者との面談とは言え立太子を囁かれている第一王子の側近には、少なすぎる配置だった。
「お褒めにあずかり光栄で御座います。アンダーソン公爵令嬢。従僕の身で烏滸がましいかとは思われるでしょうが、発言してもよろしいでしょうか?」
「なんでしょうか?ウッド伯爵子息」
「ありがとうございます。私の事はどうぞハイムンドとお呼びください。主は今回の件で、大変心を消耗してございます。この状況だけでもお許し頂けたらと歎願いたします」
「・・・・・・わかったわ・・・・イヴ兄様。確かに勝手に婚約を申し込んできたことに、私は怒っております。憤慨です!
・・・・でも、致し方なかった事も存じ上げております。しかも、進言なさったのはリート兄様でしょう?その時点で・・・・ねぇ」
「あぁ。リートからの進言だが、リートは君を守りたかったんだ。君の立場が今一番危うい。君も気が付いていただろう?」
「えぇ、気が付いておりました。ですが、イヴ兄様。
陛下は司法の番人である叔父様を手中に治めたいとも思うのではなくて?リート兄様との婚約でも私を守るという点では問題は無いと私は思うのよ」
それも考えた。母親という弱みがある私に婚約者という弱みを付ける必要はあるのか?エーレンフリートでも陛下がディオティマの保護の為の交渉相手として不足はないのではないか?しかし、それをエーレンフリートは良しとしなかった。
司法の番人。貴族議会とも王家とも違える組織の長として、陛下の弱みになる瑕疵を受けるわけにはいかなかった。可愛がっている従妹よりテイラー家を取ったのだエーレンフリートは。
「いや、それは・・・・」
「えぇ。それは、司法までもが陛下の配下に入ってしまう危険な賭け。リート兄様はそれを良しとしなかった。・・・・・そうでしょう?」
「うぐっ・・・・・・・・・ディーは賢いな」
「ふふっ私、これでも、公爵令嬢ですのよ」
言葉の明るい雰囲気とは裏腹に、その美しい顔は悲し気で、いつも威厳を持った声は震えている。この状況下のせいで彼女の失恋は確定したのだ。何とも言えない。だが、私にもできることは微々たる事だがある。
イーヴォイェレミアスは席を立ち、ディオティマの前に跪く。ディオティマももちろんだが、置物の様に気配を消していた、3人の側近たちにも動揺が走る。王家の者は、いかなる時も下位の者に膝をついてはならない。
それは、5歳も過ぎれば王族の威信として習う初めの王族教育。そんな事をイーヴォイェレミアスが知らないわけない。動揺する4人を尻目に、イーヴォイェレミアスはディオティマの膝の上で固く握りしめられている手を掬い上げとゆっくりとほぐしひらく。自身の顔をその手に近づけ薬指へのキスを落とす。そして、ディオティマの顔をゆっくり見上げる。
「ディオティマ・アンダーソン。
月並みしか言えぬ、私をお許しください。其方を敬い、其方を慈しみ、私の思いつく限りの愛を貴方へ捧げましょう。私と結婚して頂けますか?」
もう、婚約が決まったのに今更と思う。だが、小さな頃から交流のある彼女の嗜好も知っているイーヴォイェレミアスは普通の令嬢が望むプロポーズをしたかった。彼女が私からそんな事をされるのを望んでいるかはわからない。むしろ、お前からじゃないと怒るかもしれない。でも、今自分が持てる最大限の心を捧げたかった。
ディオティマは、驚きに開いた青く澄んだ目を細め、「しょうがないお兄様」と聞こえて来そうな表情を一瞬のぞかせると、ふわっと微笑んだ。
「イーヴォイェレミアス第一王子殿下。
光栄でございます。この様にお心を砕いて下さった貴方を私は支えたいと存じます」
複雑な状況に翻弄されつつ、恋でも、愛でも無いかもしれない。でも、国への忠誠を誓った相手を思いやる二人の婚約がここに整った。
拝読ありがとうございます。
~登場人物~
【愛称:イヴ】イーヴォイェレミアス第一王子殿下(19)
王国第一子、第一王子*髪:金、肩下、ウェーブ、一つの三つ編み*瞳:赤紫
【愛称:ハーシュ】ハーシェルヒルム第二王子殿下(16)
王国第三子第二王子*髪:銀髪、腰まのロング、ストレート(ポニーテール)*瞳:青紫
【愛称:エル】ナサニエル・イーストン子爵(17)【ハーシェルヒルム 又従弟/側近(従者)】
イーストン子爵家三子(次男) 髪:ピンク、ふわふわ天然パーマ 瞳:赤
【愛称:ディー】ディオティマ・アンダーソン公爵令嬢(16)
アンダーソン公爵一人娘*髪:オレンジ色、腰までの長髪、ゆるウェーブがかかった髪質*瞳:青
ハイムンド・ウッド伯爵子息(21)【イーヴォイェレミアス 側近(従者)】
ウッド伯爵家三子(次男) 髪:インディゴ 目:オリーブ
ジェラルド・ハリス伯爵子息(19)【イーヴォイェレミアス 又従弟/側近(騎士)】
ハリス伯爵子息二子(次男) 髪:銀、ロング(影武者もできるようにあえて延ばしている) 瞳:紫
トビアス・パトラー騎士伯(27)【イーヴォイェレミアス 側近(騎士)】
パトラー伯爵家三子(三男) 髪:深緑 目:こげ




