020 王子殿下の潜入
なかなか頭を使うお話になりましたが、ルビをつけてみました。
ルビが本体のお名前です。
ちなみに、ジェラルドはハーシェルヒルムと間違われてブラウン令嬢に言い寄られた第一王子の側近です。
昼間であるのにも関わらず多くの馬車が集まる屋敷の玄関の前にゆっくりとした動作で御者が馬車を停車させる。御者が扉を開けると赤みがかった銀のポニーテールをゆらし質の良い侍従服を身に纏わせた少年が飛び出す。
少年は、御者に並び頭を少し下げる。続いて大きな体に高位貴族が纏う豪奢な藍色の燕尾服を着こなした紳士が降り、優雅に振り返ると入口に自身の手を差し出す。
馬車の中から女性の手が紳士の手に重なり、少しはにかむ様にありがとう存しますと可愛らしい声を出す。紳士はふふっと微笑み「いいえ」と答えた。紳士と同伴の女性が歩み始めるとポニーテールの少年は二人の後に続く。
「閣下。私の友人はすでにいらしているみたいですわ」
「そうだね、ナリッサ。では、挨拶に参ろうか?」
普段着なれた騎士服から同伴のオリヴァーの瞳と同じ青色の普段の夜会で着る事のない少し露出の多いドレスを纏ったジャネットは、予め決めていた到着の合図を確認し、紳士の服を着た自身をエスコートするオリヴァーに寄り添い話しかける。
傍でポニーテールを揺らし少し楽し気な侍従の様な少年シェリーことハーシェルヒルムにも聞こえるように伝える事を忘れない。オリヴァーのキラキラとした笑顔で慈しむように返事をする顔に、たじたじになりながら気を取り直して微笑みながら答える。
「えぇ。閣下にご紹介したいわ」
いつもの無表情なオリヴァーを知っている分、内心どぎまぎしているのはジャネットだが、今回の潜入捜査にあたりオリヴァーはかなりの試練を与えられた。
ハーシェルヒルムの護衛の為にも人数は少数精鋭だが、7人では入場から全員で入ると大所帯となる。それでは、目立って相手に警戒をされる恐れがあり3班に別れて入場する事となった。
戦力的にオリヴァーがハーシェルヒルムに同行することは決まっていたが、今回オリヴァーのイメージと違う動きを言明された。【同伴者の女性を口説く為に愛想も甘言も余すことなく振舞う高位貴族の紳士】という主命令の設定である。
オリヴァーは、子爵家の五男で産まれた時から家を継ぐこともスペアとして兄を助ける事もなく自然豊かな子爵領で使用人の子や領民の子供達と関わり後々は平民になるのだと思い8人兄弟の末っ子として延び延びと育った。
自然と農業を主産業にしている子爵領は辺境に近く、たびたび獣の強襲を受け農業に被害を被る事があった。領内の兵士だけで対応出来ない時は辺境伯から騎士が助けに来ることもありそんな中、オリヴァー少年は騎士に憧れを募らせ、自領の民を守るためにも騎士を目指した。
オリヴァーは延び延びと育ちはしたが生来の気性が真面目で騎士を目指すにあたり強くなることに注力し、子爵家五男でのちは平民、職位を賜る事になっても1代限りの騎士伯。兄弟は上に7人もいるので子孫を残す必要も無い。
結婚も自分に関係ないものと認識していたオリヴァーは、女性を同僚として尊重することはあっても、恋愛対象としてみたことがなかった。平民であれば、その先を考えることは出来るが、殿下の護衛が平民との接点は薄い。貴族のご令嬢に1代限りの騎士伯に嫁いでくれなどいえるはずもないので恋愛や結婚を自分と遠い所に置いていた。
そんな、オリヴァーに【同伴者の女性を口説く為に愛想も甘言も余すことなく振舞う高位貴族の紳士】を完璧に振舞うように主から命令された。そして、ナサニエルの特訓が始まった。
そう、オリヴァーは真面目なのである。主の安全の為に別人を演じろと同僚に言われたオリヴァーは完璧に演じた。そんな彼を面白くなさそうに見ながらハーシェルヒルムは少し戸惑いが見えるジャネットに心の中で謝っておく。
◇◇◇◇
仮面舞踏会の会場は、ある老年の公爵の今は使われていない別邸であるという屋敷で行われている。会場に入ると広めのホールの奥に左右に別れる階段が美しく配置されており、階段を上がるとホールを見下ろせるような位置に応接セットが並んでいる。
1階も会話を楽しむ為か、中央こそダンスホールとして空いているが、端の方がソファーや長椅子など寛げるように配置されている。
2階の応接セットで、寄り添うように下のホールを眺めていた2人もハーシェルヒルム達の入場を確認する。
「ねぇ。クリス様、私の友人が到着したようですわ」
「あっああ。ネリー嬢。そのようだね。挨拶に行くかい?」
ナサニエルはそこまで身長は高くないが、低くもない。しかし、背の高いクレメンスと並んでいると男性と女性の身長差になる。しかし、何も聞かされていないクレメンスはやはり気になる。歩を進めながら直接的では無い言い方ではあるが質問してしまうのは致し方無いと思って貰いたい。
「ネリー嬢。美しいが、いつもこのような装いをしているのかい?」
それはまるで、少し過激な服装に悋気を起こしている恋人の様なもの言いだと周囲には思われただろう。だが、ナサニエルは気が付いていた。クレメンスが暗に何故女装しているのかと・・・聞いている事に。
「ふふふっ私はあまり好まないのですよ。ですが、要望ですのよ。このような装いを喜びますの」
「へぇ。君の友人はそういう趣味なのか・・・」
「クリス様はお好みではありません?」
「そうだね。いつもの貴方が好ましいと思っているよ」
会話だけを聞けば、女性の友人の趣味の装いは男性は好まずいつもの君が素敵だと口説いているようにしか聞こえないが、意図した事を勘違いさせる言葉を使い質問できるクレメンスを使えるなこいつとナサニエルが思うのもまた仕方が無い事だった。
◇◇◇◇
仮面舞踏会の会場はお昼過ぎからの開催となったが、雰囲気を出すためだろうか階下にある大きな窓たちはカーテンで固く閉ざされている。上階はところどころ明り取りと換気の為、解放されているが少しの薄暗さが会場全体の淫靡さを醸し出していた。
1番先に会場入りした、ジェラルドとグレーテの兄妹はソファーに身体を預け仲睦まじくまるで恋人同士の様に寄り添い談笑している。
「あのご婦人、ダンスがとても素敵ね」
グレーテが扇子を少し傾け差す方向には、本日の対象者はいる。
「そうだね。レーテあの男性の装いはどうだい?僕にも似合いそうかな?」
もう一人の対象者をジェラルドが見つける。あと一人の対象者であるあのお方は先ほど入場し、そのまま2階の奥の部屋へと向かっていった。彼は、ブラウン夫人との逢瀬以外には興味が無いのであろう。
会場内には、仮面舞踏会という特殊な趣向の為、壮年の男女が多い。しかし、ジェラルドが以前調査したように。怖いもの見たさの若者。高位貴族とよしなを結ぶための野心的な低位貴族の子息。令嬢と仲を深めたい令息に連れられてきた若い男女。老獪な紳士に連れられた見目の美しい従僕。若い男性はそれなりにいる。若い女性にはその相手の男性がぴったりと寄り添っており、若い女性が一人で参加している様子は見られない。
(ブラウン伯爵令嬢は本当に豪胆だったのだな)
「ルディー様。何を落ち込んでるのか分かりませんが、見る目は養いませんといけませんよ。お困りになりますわ」
暗に貴方の見る目が無いせいで、ジェラルドの主である第一王子殿下にも迷惑がかかると妹に言われている事に気がついたジェラルドは神妙な顔になる。
「ふふっ分かってくださるのならよろしいですわ。今は私の事に集中してくださいまし」
「あぁそうだね。君に心を傾け、挽回をきすよ」
◇◇◇◇
会場が中盤にさしかかり、参加者がそれぞれダンスや軽食に舌鼓をうち談笑を楽しんだ頃。
「ネリー嬢。疲れていないかい?」
ふと、クレメンスは女装しているナサニエルに声をかけながらブラウン夫人が2階へ上がるのを横目で知らせる。
「えぇ。そうね。少し疲れたわ。友人を誘って休憩しません事?」
クレメンスはふわりと微笑むと「かまわないよ」と言い席を立ち、ナサニエルへ手を差し出しエスコートをして、ブラウン夫人の後ろを距離を取りつつ追いかける。
「君の友人は・・・あぁあちらにいるね。僕が呼んでこよう。君は先に部屋で休んでいるといい」
そう、言ったクレメンスはブラウン夫人の入った部屋の隣室に令嬢に扮したナサニエルを案内すると周囲にきちんと聞こえるように、少し待っていてほしいと微笑み、部屋を後にする。
部屋に入ったナサニエルが、背中の紐をするっと引くとドレスが脱げる。もともとドレスの下に着ていた黒の細身のトラウザーズに、スカートの中から引っ張りだしたシンプルな白いシャツを着て、髪型を崩さないように帽子を被る。
準備していた道具をドレスの胸の膨らみやスカートの中から取り出し設置を始める。それは、小さな魔石の嵌った蓄音機の様な機械と、鏡が数個紐で繋げられていた物だった。
出入り口から少しずれたところに、椅子を置くと天井の点検用の板を避ける。天井裏に上り、廊下の方に出ると扉の真上に小さな穴を開ける。そこには、紐の付いた1枚目の鏡を設置し、点検用の板のある場所と先ほどの鏡が直角になるように2枚目の鏡を置く、点検用板を鏡の付いた斜めの棒に挟む。
丁度というタイミングで、ハーシェルヒルムを含むオリヴァー達を連れて入って来たクレメンスが入室する。ドアが閉まるのを確認したナサニエルは天井裏から顔を出した。
「わぁ!何処から出てくるんだお前は!」
「シェリー大声を出してはいけないわ。どうしたの?虫でもいらしたの?」
天井から顔を出した、ナサニエルは演技を遂行しながらハーシェルヒルムを窘める。驚いているハーシェルヒルムとジャネットを放置して、ナサニエルはクレメンスとオリヴァーを自身の真下に呼び出すと小声で状況を教え鏡の角度を調節する。
「廊下が見える様に設置したい。角度を教えてくれ」
「「わかった」」
三人は淡々と設置すると、ナサニエルは天井裏から降りてそこに移動してきていたサイドテーブルをの上に最後の鏡を置く。
「ネリー嬢。この紐はなんだい?」
もうすでに、ほぼナサニエルの格好をしている元ネリー嬢に未だ令嬢に対する言葉使いで話しかけるクレメンスにオリヴァーもナサニエルも感心しながら令嬢らしい声を作り返事を返す。
「様が済むと、この紐をひっぱるの。そうすると全てを回収してここに集まるのよ」
「ついでに、アレもひっぱって閉まるんだ。原始的だがこれが一番いい」
と、オリヴァーが天井を指さし、ぽっかり開いている天井の板に紐が繋がっている事を教える。その時、扉をノックする音が聞こえ少しの緊張が走る。扉を見てしまうクレメンスを横目に、ナサニエルとオリヴァーは鏡を確認する。
ジェラルドとグレーテ兄妹であることを確認するとほっと息をつけ、ジャネットに目くばせして頷く。ジャネットは大げさに喜んで二人を招き入れ、お茶をしましょう!と楽し気に少し大きな声で場を整える。
「ネリー嬢、これは凄いですね!」
クレメンスが合わせ鏡を見ながら感動したように称賛すると、ナサニエルとハーシェルヒルムが苦笑いを返し、ナサニエルはネリーの口調になり指示を出し始めた。
「ナリッサとティナとはこちらでお茶をしましょう」
と、ジャネットとグレーテを鏡の前に誘導
「閣下はこちらにいらして。ほかの男性陣はここよ」
とオリヴァーを扉の前に行くよう指を差すと、ハーシェルヒルム、ジェラルド、クレメンスを小さな蓄音機の様な機械の前に手招きする。その機会を、手早く隣室に面した壁につけるとハーシェルヒルムと、ジェラルドには漏斗の先にロープが付いた物を手渡す。
ハーシェルヒルムは耳に当てる様子を見て、ジェラルドも同じように耳に当てる。クレメンスにはリボンがたくさん巻かれているような紙を渡し。蓄音機のある部分に入れるように伝える。
「クリス様、こちらは切らさない様に私にしてくださる?」
「あぁ。お茶が無くなったら君が入れてくれるのかい?では、無くなる前には教えるね」
ナサニエルの意図を組み、茶会の準備の様な会話でクレメンスは返すとナサニエルは頷き自分も漏斗の様な物を耳に当て、適当に談笑するように皆に万遍なく話しかける。季節の話しや、女性にはドレスの話し、男性にはどちらの商人が羽振りが良いなどと貴族に多く見られる会話を続ける。
拝読ありがとうございます。
~登場人物~
【愛称:ハーシュ】ハーシェルヒルム第二王子殿下(16)
王国第三子第二王子*髪:銀髪、腰まのロング、ストレート(ポニーテール)*瞳:青紫
【愛称:レメ】クレメンス・エヴァンス侯爵令息(15)
エヴァンス侯爵次子*髪:短髪・銀・センターパート・ストレート*瞳:赤
オリヴァー・ミラー騎士伯(25)【ハーシェルヒルム 側近(騎士)】
ミラージュ子爵家五男。 髪:黒、短髪 瞳:明るい茶色
【愛称:エル】ナサニエル・イーストン子爵(17)【ハーシェルヒルム 又従弟/側近(従者)】
イーストン子爵家三子(次男) 髪:ピンク、ふわふわ天然パーマ 瞳:赤
ジェラルド・ハリス伯爵子息(19)【イーヴォイェレミアス 又従弟/側近(騎士)】
ハリス伯爵子息二子(次男) 髪:銀、ロング(影武者もできるようにあえて延ばしている) 瞳:紫
ジャネット・イーストン子爵(17)【リシュエンヌ 側近(騎士)】
ナサニエルの双子の姉 イーストン家第二子(長女) 髪:ピンク 目:赤
グレーテ・ハリス伯爵令嬢(15)【リシュエンヌ 側近(騎士)】
ジェラルドの妹。13歳で騎士の才覚を魅せリュシエンヌにスカウトされる。 髪:深緑 瞳:紫




