019 侯爵子息の困惑
言葉は大事ですよね。
休日の昼下がり婚約者に会いに来たクレメンスと話があると、ベアトリクスとクレメンスはエーレンフリートの私的な応接室に呼ばれた。
「え?クレメンス様をお借りしたい?」
エーレンフリートの趣味であるのだろう、黒飛色の家具には上品に深緑の布地が張られている。カーテンも色見の異なる深い緑の色は心地よさを演出していた。長椅子に座りテーブルの向かいに座るエーレンフリートにベアトリクスは咎めるような声で美しい金の目に困惑の色をのせ声を上げる。
ベアトリクスの見たことのない声色に紅い瞳を瞬き驚いていると、クレメンスに見られていた事に気が付いたベアトリクスは、はっとして頬を紅く染め反対の方を向いた。
「そういうのは後にしてくれるかな?ベティ。大人しく聞けないのなら自室に戻ってもらうよ。殿下達の意向で君らの間に誤解が生じない様、ベティにも伝えることになったが私は知らせたくなかった」
この案件は、誰が何処まで絡んでいるか分からない。そんな中、情報を知っている事でベアトリクスが不利益を被らないとも限らない。エーレンフリートは巻き込みたくなかった。少し眉を顰めた彼にクレメンスは問いかける。
「私がハーシェルヒルム殿下へご協力すればいいという事でしょうか?」
「あぁ」
「なぜ?私に協力をとうい事になったのでしょうか?」
不思議だった。エヴァンス侯爵家は王家にあまり近くない。接点といえば殿下方の従妹であるベアトリクスと最近、婚約したというだけである。
「クレメンスの事は、ベティの婚約の際に調べさせて貰ったと言っただろう?」
「はい。婚約を結ぶ相手とその家の事を調べるのは貴族にとって大事な事です」
「ベティとの婚約を進めても問題無いと、むしろ優良であると、うちの父が認めた人間である事、何度か顔を合わせて信用できる人間であるとハーシュが感じた事。それに、君は強い」
婚約者の家族からのあまりの高評価に、クレメンスは少し目を開き驚愕のあとふつふつと喜びがこみ上げて体がポカポカと熱くなる。
「仮面舞踏会だから、帯剣は認められていない。君は体術の方が得意なんだろう?」
「あっ得意といいますが・・・私は官吏を目指しておりますので、通常帯剣は致しません。なので、体術の方が有用性を感じて重点を置いていただけです」
「そこが凄いんだよ!私は剣術も体術もあまり芳しくない。この様な場合、ハーシュと共に行動できない。騎士科でもない学生を巻き込むべきことでは無いかもしれないが、信用できる人間というのもあまり多くない。頼まれてくれないか?」
エーレンフリートは、申し訳なさそうにクレメンスに問いかける。
「光栄です」
誉であると答えたクレメンスは、隣に座るベアトリクスに向くと身をかがめ彼女の顔を覗き込む。ベアトリクスは膝に置いた両手でぎゅっとハンカチを握りしめ静かに目を伏せていた。
「ベアトリクス嬢は、反対ですか?」
クレメンスのあまりに優しい問いかけにベアトリクスは、ゆっくりと顔を上げる。クレメンスはルビーの様な紅い目を心配そうに揺らし見つめている。そんな彼に、ギュッと唇を一度引き結びゆっくりと震えない様に答える。
「わ・・・私に否を申し上げる権利はございません」
ベアトリクスの様子に逡巡するクレメンスだが、王子殿下からの要請に否を答える事は流石に出来ない。
「エーレンフリート様、そのお役目拝命致します。・・・・・この後、ベアトリクス嬢と話しをしてもよろしいでしょうか?」
「あぁもちろん」
エーレンフリートは了承の意を伝えると徐に席を立ち、私は執務室に戻ると隣の部屋に続く扉へ歩くハンスが開く扉をくぐる前にくるりと振り返り微笑むとベアトリクスに声をかける。
「ベティ。クレメンスのエスコート相手はエルが女装して行くそうだ。心配いらないよ」
「お兄様!?」
ベアトリクスの慌てる反論も聞かず、エーレンフリートはひらひらと片手を振りながら応接室を後にした。
「「・・・・・・・」」
応接室に残された二人が沈黙の中、使用人たちが片付けと新しいお茶の入れ替えを音もなくすませると、二人を置いて退室した。通常、侍女や侍従が残るものだが、隣の部屋にはエーレンフリートがおり、クレメンスの信頼度が高いため2人きりの会談が許された。沈黙を破ったのはクレメンスだった。
「ベアトリクス嬢・・・・・私が仮面舞踏会へ行くのが心配ではなく、私のエスコート相手が心配だったのですか?」
かなりの自惚れた発言だったなと自嘲する。ベアトリクス嬢は、学園で仲の良いクレメンスが護衛として優良であることを評価され身を守るために自身と婚約したのだ。エーレンフリートが言うような事を心配していたわけないと思いなおし、口を開こうとした。それは、ベアトリクスの震える上擦った少し不機嫌さを感じる返事で遮られる。
「悪いですか?」
今度はクレメンスが驚き目を見開き言葉に詰まった。彼女は何を言っているのだろうか?クレメンスのエスコート相手を不安に思っていたという事だろうか?クレメンスは混乱した。
(何故?)
「わっ私・・・・では、無い方を・・・・クレメンス様が・・エっエスコート・・・・されるのを・・・・私が・・・心配することは・・・・・・・お嫌ですか?」
無言のままのクレメンスに不安を感じ言葉を紡ぐベアトリクスは、顔を上げ星の様に煌めく金の目を僅かに潤ませ、頬は紅く染まっている。胸の前で握りしめられた手には相変わらずハンカチがあり、ソレはわずかに震えているように見える。
(うっ・・・可愛すぎる・・・何かの罠か・・・?は?これは、どうゆうことだ?)
「あっあの・・・それでは、私が勘違いします。あっ!もちろん心配して頂ける事は、嫌ということではないですよ!でも、あの・・・・そのような顔は・・・男に・・・見せてはいけません・・・」
クレメンスの言葉に、ベアトリクスは更に赤みを増した顔をそむけ、背を向けてられてしまった。今日のベアトリクスの紺色の艶やかな髪は二つに分けられ髪先まで編まれている。背を向けられると、真っ赤に色づいたうなじが顕わになってしまう。
(勘弁してほしい。僕は試されているのか・・・)
クレメンスの心のうちに気づかないベアトリクスは更に、向こう側に首を落として謝罪する。
「し!失礼致しました!お目汚しを!」
「まさか!?お目汚しなんて!眼福でした!」
「・・・・・・・・・・・・・・眼福・・・・?」
クレメンスは血の気が引くのを感じた。ただ、彼女の護衛の為に婚約した男にそんな事を言われたら気持ち悪いだけだ。クレメンスのベアトリクスに対する気持ちは婚約してから増すばかり、憧れの女性から一生添い遂げたい女性になるのは早かった。ベアトリクスも貴族としての政略結婚であっても、仲の良い友人の様な夫婦でありたいと以前友人同士の会話の際に言っていたのを覚えていた。
テイラー侯爵には能力を買って頂いているのだからの仲の良い友人である限り、婚約は破棄されないと、でも自分の事を下心のある目で見てる男が傍にいるのを気持ち悪いと思われたら?彼女は婚約を続けてくれないのではないかと思って以前と変わらず友人として仲を深めていた。
ここで、失言をしてしまったことにお腹がずっしりと重くなり、胸がズキズキと痛み出す。手や顔からは体温を失っていく。どうにか言い訳をしようと思うが口はうまく動かない。
「あっ・・・あのっ・・・えっと」
そんなクレメンスをベアトリクスはくるりと振り返り見つめると、体温を失った手をとった。クレメンスは紳士でというか下心があることを悟られたくなくてむやみにベアトリクスに触れなかった。馬車の乗り降りや段差のあるところでのエスコートくらいにしか触れなかった。触れることが出来なかった。
今、ベアトリクスが彼の手を両手で握りしめている。そこからどんどん熱くなり今度は青かった顔は真っ赤に染まり頭は混乱状態でクルクルし何も考える事が出来ない。そんな彼にベアトリクスは質問する。
「眼福・・・とは何ですか?男性に見せてはいけない顔とは、醜い顔ではないのですか?」
ベアトリクスはまだクレメンスを気持ち悪がってはいない。自分の言い訳はまだ挽回のチャンスがあるのではと鈍くなった頭を一生懸命働かせて答える。
「あの・・・醜い顔とはとんでもありません。ベアトリクス嬢はお美しいですし、先ほどの・・・顔は・・・大変可愛らしくて・・・あのような顔を向けられてしますと・・・男とは単純なものですから・・・」
しどろもどろになりながら、クレメンスは答える。
「単純なものですから?」
どうやら、ベアトリクスはこれで濁して許してくれる様子がない。真剣に金色に輝く瞳が伺うようにクレメンスをみつめる。
「えっ・・・と、私に好意があるのではないかと・・あっ・・・勘違いします」
「勘違いですか?」
「はい・・・」
「私の好意はご迷惑ですか?」
「え?まさか!?私はベアトリクス嬢をお慕いしております!貴方から好意を頂けるなんて・・・幸せすぎます・・・・」
クレメンスは、自らの心の内を吐露してしまったことに気づき口元を握られていない手で抑える。彼女を見ることが出来ない。彼女は嫌な気持ちになっていないだろうか?そう思いながらもまだ彼女に握られている手の暖かさを感じその状況を見つめることしかできなかった。
「お慕い・・・・して下さっているのですか?」
ベアトリクスのおずおずとした声に、ドキンドキンと胸が早鐘を打ち始める。声を出すことが叶わずコクコクと首を縦にふるとベアトリクスは更に質問を続ける。
「私を守るために無理矢理、婚約させられたのに?」
「は?」
「クレメンス様の優秀さに目をつけてお父様が領地経営の為に、政略結婚を持ちかけたのに?」
「え?」
「私がクレメンス様を好ましく思ってしまっているせいで、クレメンス様を縛ることになったのに?」
「えぇ!?」
クレメンスは目を見開き、変な声しか出すことしかできない。まるで、彼女が自分の事を好いているようにしか聞こえない。混乱した頭を持ち上げ、ベアトリクスと目を合わせる。
ベアトリクスの美しい金の目は潤みながらも真剣な眼差しで、クレメンスの答えを待っている。彼女もまた、都合によってなされた婚約であると思い、クレメンスからの好意を信じることが出来ない。それもそうだろう。婚約の際に、テイラー侯爵の前で発言した好意、以降は友情以上の好意が伝わらないようにクレメンスは必死で仲の良い友人であるとう態度に徹した。
クレメンスは自身の誤りに気がついた。彼女にどう思われようと自身の好意は初めに彼女に伝えるべきことだったのだと。彼女がずっと不安だったのは自分のせいだと。ベアトリクス側、テイラー侯爵家の利の多い婚約を断れなかったのだとベアトリクスは考えていたのだとやっと思い至った。
一度、目を閉じたクレメンスはゆっくりと目を開けベアトリクスからそっと手を引き抜くと、徐に立ち上がりそのままその場に膝を付き右手を差し出す。
離された手のぬくもりの無さと、突然のクレメンスの行動に目を瞬くベアトリクスであったが差し出された手を見つめ、クレメンスへと視線を移す。クレメンスは見たことないほど甘やかな顔で微笑んでいた。
その美しさにベアトリクスが息をのみ固まっていると差し出していない左手でベアトリクスの左手を掬い上げクレメンスの右手にのせる。ベアトリクスは、その動作をぼんやりと眺めているとくいっと少し引かれ手の指先にキスを落とされる。
数秒の間の後に、指先から段々と熱が上がり顔が熱くなる。心臓は苦しいほど音を立てて思考は働いてくれない。そんなベアトリクスはをクレメンスはゆっくりと誠実に語りかけていく。
「ベアトリクス嬢。私は数年前よりベアトリクス嬢をお慕いしております。
しかし、同じ侯爵家であろうと歴史と大きな領地、高位職を賜っているテイラー家のご令嬢と曽祖母の出自のお陰で叙爵した我が家とではつり合うはずがないと同じクラスの友人という地位に甘んじていまいた。
それでも、幸せだったのです。
ですので、テイラー侯爵からの申し出は天にも上る想いでございます。
ですが、私との婚約はテイラー侯爵からの要望で、ベアトリクス嬢の好意は友人としての好意であると思い、私の過度な恋情はベアトリクス嬢にご負担になると思い気持ちを秘める事にしたのです。
でも、私は貴方に誠実に好意を伝えるべきでした。
ベアトリクス嬢。お慕いしております。私を伴侶として受け入れて下さいますか?」
どこまでも優しく、ベアトリクスの事を思っている告白にベアトリクスの胸の奥から暖かなものがこみ上げその金の瞳から雫を落とし震える声で応えた。
「私もお慕いしております。是非、お傍に置いてくださいませ」
拝読ありがとうございます。
~登場人物~
【愛称:リート】エーレンフリート・テイラー侯爵子息(18)
テイラー侯爵長子長男*髪:水色、肩までの長髪、ストレート*瞳:金
【愛称:ベティ】ベアトリクス・テイラー侯爵令嬢(15)
テイラー侯爵家第二子長女*髪色:桔梗色・腰までの長髪・ストレート*瞳:金
【愛称:レメ】クレメンス・エヴァンス侯爵令息(15)
エヴァンス侯爵次子*髪:短髪・銀・センターパート・ストレート*瞳:赤




