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高貴なる者の義務と放埓  作者: 島城笑美


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018 公爵令嬢の煩慮

其々の思惑と恋心も顕わになります。

「ハーシェルヒルム様。来客です」


「ん?面会の予約はないだろう?飛び入りなら追い返せ!」


「よろしいのですか?」


仮面舞踏会も数日後に控え、この案件の準備に忙しく溜まった執務を行う為、執務室に詰めていたハーシェルヒルムは、面会の予約の無い来客の知らせをわざわざすることも、今の質問も可笑しいと感じ眉間に皺をよせ懐疑的な青紫の瞳で顔を上げると、そこにはガーネットの様な紅い瞳を細めニヤニヤと表情を緩ませたナサニエルがいた。


「誰だ?」


「ディオティマ・アンダーソン公爵令嬢でございます」


名前を聞いた瞬間、ガタンと椅子から立ち上がり机を揺らしてしまったらしい。執務を手伝う側近たちに睨まれるがそれは受け流す。

ハッとして、執務中に頭を抱え乱れた髪を鏡を見て直し、着崩していた身だしなみをささっと整えると通せとナサニエルに伝える。他の側近たちに休憩を取るように追い出すと、ディオティマを笑顔で迎え入れた。


「忙しい時に申し訳ございません。少しお時間よろしいでしょうか?」


「ディーかしこまらないで、君ならいつでもかまわないよ!」


他の人が見たらいつもの貴族らしく晴れた海の様な青い目を少しだけ細め微笑みを携えた彼女はハーシェルヒルムには少し思い詰めている様な気がした。そんな彼女を執務室の中央にある長椅子へ案内すると、さり気なく隣へ座る。


一瞬顔を顰め口を開きかけたディオティマだが残っている顔ぶれを見て諦めたように口を閉じた。ナサニエルが音もなくお茶とお菓子を用意する。更にナサニエルは所用で出てまいりますと告げるとディオティマの静止を聞かずオリヴァーを扉の前へと誘導する。


ディオティマは、大きな溜息をつき左手で額を軽く抑える。オレンジ色のゆるゆるとした長い髪を上半分を複雑に編み込まれハーフアップにしている。優雅に一口お茶に口をつけたハーシェルヒルムは、喜色を抑えきれない笑顔でディオティマの来訪の理由を尋ねる。


「今日はどうしたんだい?」


「大叔母とお祖母様のお茶会に呼ばれたのよ」


先ほどまでの喜色満面の笑みだった顔を一変させ、今度は眉間に深く皺を造るハーシェルヒルムの顔を見てディオティマはくすりと笑う。自由奔放な第二王子の仮面をかぶりつつ隙をうまないように澄ました顔をしている癖に兄弟や従兄弟に気を抜きすぎな従兄弟だなと思ったディオティマは笑いをこらえる事が出来なかった。そんな、ディオティマに子ども扱いされている気分になったハーシェルヒルムは不機嫌そうにお茶会の理由を尋ねる。


「婚約者の話しか?」


「えぇ。貴方も多いでしょう?私たち16歳ですもの」


昔は高位の貴族は産まれたばかりや、10歳にも満たない時期に婚約を結ぶことが多かった。しかし、祖父母よりも前の時代に学生時代、思いを寄せた相手に傾倒し、契約であるその婚約を勝手に破棄する子息が多く、学園内で不祥事が多発した。


祖父母の世代では少し相性を考慮する様にはなってきたものの自由恋愛とまではならず、親の考えによっては、貴族と貴族の繋がりを重視する風習は払拭されず、自由な恋愛にあこがれたまま婚姻し、白い結婚や子供が出来ないことによる離縁が増加することになり貴族を数を減らす事になった。


それを憂えた王家は、デビュタントを学園入学の13歳、学園に2年ほど通い教育と他家との繋がりをきちんと見定め。婚約はデビュタントから2年が過ぎた15歳から可能という法までつくる事となった。


学園在学中の13~15歳に貴族の結婚について学び相手を選定し、15〜18歳で婚約をし、2年間の婚約期間の後、18歳の成人から20歳までには婚姻するのが現代の風潮となっている。もちろん貴族としての義務や、家と家との繋がりも重要ではあるが、夫婦となる二人の気持ちや相性も重視されるようになった。


「誰だ?」


「ふふっ貴方は私のお父様なの?出かける前のお父様と同じことを仰ってるわ。お父様もぶつぶつと何処のどいつを紹介するつもりなんだとイライラしていたわ!お祖母様には逆らえないのにね」


くすくすと笑うディオティマに、自分の前だけでこの様に笑ってくれたらと願わずにはいられない。自分も候補に入っているのではという期待を持ち、もう一度、先ほどの不機嫌な声では無く出来るだけ優しく候補者を聞く。


「誰が候補にあがってるんだ?」


「そうね。ストゥワート公爵家の三男が5つ上で第三騎士団の団長さんらしいわ。大叔母様の家系のウィルソン公爵家の次男が3つ上で宰相補佐に抜擢されたと仰っていたの。

お二人がお祖母様と大叔母様の最有力かしら・・・学園で年の近い人で誰かいないかと聞かれたけど、私あまり交流してないじゃない?

たから、エヴァンス小侯爵の名を出したけど、嫡男だから無理ねとか言っていたわね。私、公爵家の一人娘ですから・・・」


「アーデルベルトとは、仲良くなったのか?」


「そうね。ベティの義理の兄になる方ですから友人くらいにはなったかしら?彼、第一印象最悪だったけど、本来はいい人なのよね

全然知らない人よりは良いと思うわよ。・・・・・慕ってもらっているみたいだし・・・・」


「ベティに慕う人はいないのか?」


ハーシェルヒルムの問いに少し長い沈黙が落ちた。しかし、ディオティマの口がかすかに動いていたり、珍しくも指がせわしなく扇子を持ち直したり、握りしめたりしている動作に気をとられているとディオティマは意を決したように口を開いた。



「・・・・・・諦めていたの・・・・」


「いるのか!?」


ハーシェルヒルムは衝撃を受けた。彼女はこの手の話はいつも興味が無いと言っていた。この3年間の留学中に出来たのだろう。学園の人間だろうか?諦めていたとは何か?諦めたのか。諦めてないのか。


ハーシェルヒルムの混乱する中、ディオティマは話しを続ける。隣に座ってしまった為、ハーシェルヒルムはディオティマを向いて座っているが、ディオティマは恥ずかしそうに正面を向き手に持った紅茶を見つめ、絞り出す様にぽつりぽつりと話し始める。


「・・・・・・婚約者がいた方なの・・・今はいないのよ・・・・」


「婚約者が儚くなったのか?」


「・・・・・」


(あぁ。あの完璧な従兄殿か)


やはりそうかとハーシェルヒルムは肩の力を落とした。でも、一縷の望みを捨てきれないハーシェルヒルムは質問を続ける。


「その彼は、嫡男ではないのか?」


ハーシェルヒルムの問いかけにディオティマは相手を見透かされたと気がつき、顔を赤らめ湖の様な青い目を潤ませてハーシェルヒルムを見つめ、視線を落とす。


「そ・・・う・・・・だけど・・・下の子が婿をとって領地経営に携わるというのよ。だから、その子を当主にする事もできると思うの、更に下の子は男の子だから・・・」


「そう・・・か・・・・」


「ねぇ!ハーシュ!私は自分の気持ちを言ってもいいと思う?

私だって、貴族としての義務は分かっているわ。でも、今、気持ちを伝えるだけなら許されるのかしらと・・・もちろん、お断りされたらきちんと紹介された殿方に向き合うことも出来ると思うのよ」


話しながら茶器を置いていたディオティマは、バッとハーシェルヒルムに向き直り期待を込めた青い瞳で彼を見つめる。ハーシェルヒルムはぎゅっと胸が苦しくなった。泣きたい気持ちになる。


ずっと彼女が好きだった。彼女を自分が幸せにしたいと思うこともあった。しかし、王族の結婚は個人の自由になどならない。彼女も公爵家の一人娘であるし、淡い初恋として納めるつもりではあった。


彼女を幸せにしたい。たとえ、相手が自分でなくても・・・こんな時こそ、王子教育を発揮する所だったのだろう。心の機微をまったく感じさせない笑顔で微笑むと彼女の幸せを願って答える。


「あぁ!婚姻を結ぶ相手は、君の慕う人がいいと叔父上も了承するだろう!」


「そう。そうね、お父様も・・・・ありがとう!やっぱり、ハーシュに相談してよかった!ハーシュは必ず私の味方になってくれるものね!貴方も何かあったら言うのよ!必ず力になるわ!」


来訪した時より顔色を良くし、忙しいのに時間を作ってくれてありがとうと暇の挨拶をしたディオティマを見送ったハーシェルヒルムに扉前で護衛をしていたオリヴァーと所用と言って出て行き同じ様に扉前に立っていたナサニエルが困ったように声をかける。


「良いのですか?」


「大丈夫ですか?殿下」


「あぁ。(わたし)はディーの幸せを願ってる」


そんなことを言いながら、もしエーレンフリートとうまくいかなかった時には他の誰かが入る前にとは、考えている自分に苦笑する。


「今はやることが多くて良かったよ」

拝読ありがとうございました!


 ~登場人物~

【愛称:ハーシュ】ハーシェルヒルム第二王子殿下(16)

 王国第三子第二王子*髪:銀髪、腰まのロング、ストレート(ポニーテール)*瞳:青紫

【愛称:ディー】ディオティマ・アンダーソン公爵令嬢(16)

 アンダーソン公爵一人娘*髪:オレンジ色、腰までの長髪、ゆるウェーブがかかった髪質*瞳:青

オリヴァー・ミラー騎士伯(25)【ハーシェルヒルム 側近(騎士)】

 ミラージュ子爵家五男。 髪:黒、短髪 瞳:明るい茶色

【愛称:エル】ナサニエル・イーストン子爵(17)【ハーシェルヒルム 又従弟/側近(従者)】

 イーストン子爵家三子(次男) 髪:ピンク、ふわふわ天然パーマ 瞳:赤

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