2210_某国の亡国の坊コックな48時間。
料理人が最強であるという誤ったようなそうでもないような認識が蔓延しているのではなかろうかと愚行する今日この頃、武器弾薬はいくらあってもいいもんですからねという軽やかな初老の男性が言いつつ、相手を片付けてしまうような展開は見たくないかというと結構見たいような気がするわけではございますが、癖が強すぎる方と調理という組み合わせは多くあるのであろかな、いやまあ、美食とか料理とかの見せ物がちょっと地味であるから登場人物がとっぴであるという可能性も高そうではあるわけでありますが、食べ物で遊んではいけませんとは思います、そこは常識的ではありたいと心がける所存なゴブリンがお送りします。
問題はそれは食べ物かどうかの境界線であるということではあるのですよね、はい、無理して食べなくて良いですよ?意外といける?結構下手物喰いではあるのですな。今日も元気可愛いですな。
落差のある設定は印象に残りやすいということではあるのでありましょうかね?こう家電製品に組み込まれている人工知能が人類に反逆を企てるような流れとかでありましょうか。すでにどこかであったような設定ではある覚えがございますが、正直鮫が空を飛ぶくらいでは普通ではとなってしまった感覚がございます。
今度の鮫は海で泳ぐとか言って驚愕するような展開というか歴史は正直どうなのであろうか?と思うことはございますが、映画とかだとかなりとっぴで低予算なものをでっちあげることがあったりして、それがまた面白く感じてしまう層が確実に存在するので、ある意味需要と共有を満たしているのではなかろうかなとは想像するわけであり。
それは小説でもそうなのであろうかなとか想像するわけでありますが、こちらは映像がそのまま流せないので、衝撃が薄いということはありそうであり、女優男優の魅了をそのまま伝えるというやり口が使えないということが問題であるのかなとか、ここで、台本だけ用意して、人工的な映像で映画とか動画とかにして仕舞えば結構解決するのではなかろうかなという発想もあるわけではございますが、今まで映画とか映像で食べてきた人の仕事を奪うことになるなという問題はありそうであり、いやまあそれはまた別の問題になるのであろうか?
人工知能に負けないくらいの台本、演出、音楽やら演技やらをやればいいのではなかろうかという話ではあり、それはまあ、できるかできないかでいうならばできるのではなかろうかな?と想像するわけでありまして、微妙な揺らぎやら味付けはまだまだ負けないところがあるのではなかろうかと、それはまあ一流かそれに近しい技術やら才能やらを持ってなければならないわけであり、現状二流三流のあたりだと本当に食べていけなくなる可能性が高い流れにはなりそうではございまして。
しかしその最初はあまりよろしくない技術が足りない才能が活かせていない人格を鍛える場がなくなってしまうという問題は、これは真に問題ではあるのではなかろうかなとか、超一流になるまでの生き延びる時間が資源が確保できないということであり、それが解決できるのであるならば、効率的にはそれらの仕事は機械にとって代わられた方が、幸せに近くなるのではなかろうかという予想もございまして。
と申しますか、生きるために必要な最低限度の労働を全て人の手から解放して仕舞えば、それはそれで良いのではなかろうかなという予想もございまして、まさしく趣味に生きることになるということになるのではなかろうかなと、いやまあ、全て人工知能におんぶに抱っこで生かされている、まるで愛玩動物のごとく扱われるという、状況になる可能性も高そうではございますが、それはそれで幸せな未来ではなかろうかなというか、一種の理想郷ではあるかとか、想像するわけでございまして。
夢も希望もない世界ではなく、夢も希望も好きなだけ叶えられる世界ではあるのではあるかなと、ただ、満足するかどうかは、質の良い演出によるのであろうかと、自らが選択したと思わせるようにして、最後まで面倒をみるというような相棒に近い何かになると、結構幸せな感じはするわけではございますが、人格が不滅になると差異は少なくなりそうではございますな。妄想です、おしまいです。
「神様が全て厄介ごとを片付けてくれる世界というのは天国?なのかな?」
「自らの独自性をどこに置くかという問題にもつながりそうではあるね」
「成長しないことを是とするならまあよろしいのでは?”旦那様”
要は超長期的に人格が保全されるなら緩和される問題ではありますな”奥様”」




