2188_ていの良い身体つき、館で船で宇宙から宇宙。
星から星への渡鳥とかそんな設定のお話をとんとみなくなったような気がするわけではあります、空想科学にしても現実味がないとか言われるようになってしまったからでありましょうか、いやまあ、想像するのに苦労するという前段階があると物語として楽しくないというか敬遠されるということがあるということでありましょうか、簡単で楽しくないと売れないという昨今の事情が関わっている可能性はありそうではあり、とかぼんやり想像しながら始まる今日のゴブリンです。
子供向けで一見簡素で簡単に見えて、その実奥が深いという物語もありそうではあるのですよね、いや、流石に悪いやつを退治しましためでたしめでたし、でどう踏み込んでいけば良いのかということはありそうではありますが。もう一回ですか?今日も元気可愛いですな。
あまりにも日常からかけ離れていると物語として楽しむ前に疲れてしまうということはありそうではあるわえでありますが、徐々に慣らしていくならばその雰囲気にはまり込むことができるのではなかろうかとか、読む順番が大事になるということなのではなかろうかと。
知識を増やしていくとその物語が面白くなる系の連作ものという立ち位置で書かれたものというものはありそうではあり、成功すればかなりの長さのものをかなりの読者数で維持することができるということがありそうではあるわけで、独自の理論やら尺度やら設定を活かすにはある程度長い物語にする必要があるのであろうかなとか想像するわけではありますが。
逆に一つの設定を紹介するだけで十分な感動を与えることができるような物語もまたありそうではあり、というか実際にあるのであろうなぁと予想できるものがあるわけで、知らないことを知るという行為そのものに興味がある楽しみが見出せるのであるならば、どの物語でも変わらないという意見もありそうではあるけれども。
何を言っているのかが分からないくらいに前提条件がない状態で読み進めてもやはりそれは面白くないのではなかろうかなという話ではあり、ただ、気軽に娯楽として楽しんでいきたいのにそんな学習を重ねていくことをしなければならないのは苦痛であるという意見もまた分かるものがあり。
ただ簡単に楽しめるものは簡単に飽きることができるものでもあり、そうすると、費用対効果が悪いとなって、勿体無いというか資源が無駄になる可能性が高くなり、全体的な、その分野でも面白味もまた削がれていくことのなる、つまりは、同じようなものしか出てこないそれはそう、大多数に売れるようにするには、同じようなところで面白がらせる方が安定するからであり。
そもそも個人のその人格に合わせた娯楽というものはその人格そのものが関わらなければ完成しないものであり、お仕着せのものではある程度の満足しかできないのではなかろうか、究極に楽しむためにはいくらか自分で物語を作らなければならないのではなかろうかという、意見もまた真っ当なものであり。
そのての楽しみを手軽というか、順序立てて学習しながら楽しませてくれるような教材的な娯楽があっても良いのではなかろうかなとか、物語を自分で作り出す、まではいかなくとも、設定に沿って考えていくと十分楽しくなるような何かであり、ある意味遊戯とか卓上でやるそれが近いのではなかろうかなとか想像するわけであり。
ただ、それは準備やら学習する時間やらが必要であるので、忙しいとできないという不利な点があるわけではあり、そのような時間をかけるのであるならば、もっと手軽に楽しめる娯楽が山のようにあるということになる、ということもまた真実であり、商売の種になっているので否定し切れるものではなく。
要は均衡であるのであるかな、ということで、手軽に楽しめるものばかりではなくたまには、重厚というか、難しいものに挑戦してみるということも目先が変わって楽しいのではなかろうか、新しい知見が得られる、楽しみが得られるのではなかろうかなとか、あと単純にお金がかからない可能性が高くなるということもありそうではあるかな?とかぼんやり想像しつつおしまいです。
「一人遊びが上手であるからこその神様なのかもしれません」
「調べて研究して試して評価して改善してというのは楽しいですね」
「孤独な神様も多そうではありますな”旦那様”
黙々と一人で遊べることが研究者の素質かもしれませんな”奥様”」




