2184_得るか得られるか与えるか与えられるか好悪。
とどのつまり根切りは有効であるのかどうかという話ではありそれはそうしなければもはやどうしようもないところまで行ってしまったからそうなってしまっただけでありどこに責任があるのかというならばそこまで放置してしまった環境全てに問題があったとしか言えず、無責任を強いるしかないというか下手に責任をとってしまうとさらに壊滅的な環境に達してしまうという、どこかで損を切らなければならないのであるならば今ではなかろうか、早い方が良いことは確かではあり、それは別に命を神聖視していないからこそできる手段である、とかなんとか、まあ適当に文字を連ねているわけではありますが、無力感に襲われて滅入るよりは、文句だけを言い放って精神的に楽になった方がましではないかという方策ではあるわけで、特に意味はない戯言でも聞いて、落ち着いてくださいという流れでもある、こんにちはゴブリンです。お元気ですか?
憎悪の連鎖が怒鳴り声が小さな人々を萎縮させてしまうわけであり、それはあまり見せたいものではなく、見せるにしてもやり方と考えるべきではなかろうかなとか、嬉々としてみていくのもどうかとは思いますが。今日も元気可愛いですな。
感情のぶつかりあいが損得感情を凌駕しているというよりは、その感情の落とし所が重要な要素になってしまっているということであるのであろうかなとか、単純に同等の被害を与え合うだけでは満足できなくなっているというか、恒久的な平和を築くには相手の徹底的な壊滅しかないという判断をさせてしまっている所に問題があり、実のところ冷静な判断もできる方はいるのであろうけれども民衆がそれを許さないというか雰囲気が後押ししてしまっているのであろうかなと。
舐められたら終わりという行動指針はこれはこれで正しく、遠慮していくとどんどんと踏み込まれていくというのはこの辺りの文化的な嗜好であるのであろうかなとは想像できるわけで、とどのつまり過激化の一途は止められないわけであり、ではどこで決着をするのかというと、一方的な破壊による虚無感やらなんやら、厭世的な雰囲気を蔓延させることによる、一時的な平穏を目指すということになる、のであろうかなと、将来に遺恨が残ろうとも今現在ある危機をどうにか解決しなければならないという感触であるのであろうかなと。
ある意味人間の弱さというか寿命の短さが悪く働いているのであろうなぁと高々あと半世紀くらいしか生きられないのであるならばその間だけでも静かであれば良い、安全であれば良い、豊かであれば良いという、未来を見据えない生き方をよしとしてしまう秘められた感情とか欲望が後押しをしているのであろうと、基本刹那的ではあるのかなと。
それはその通りであり、対外的には未来に向けての投資やら世界の平穏やら子どもたちへ残すべき色々が必要であるということは言えるし言わざるを得ないけれども、本心で言うならば自分が生きている間だけ持っておれば良いという判断を下しやすいということは確かではあり、実のところ生き物としては結構正しい戦略ではあるわけで。
つまるところ残り時間の多い方が決定権を得なければ、どんどんと過激に悲惨になる可能性が高いのではなかろうかとか、考えなしの若者が実のところ未来を大事にしなければならない立場であるわけで、そこを気づかせておけばそれほど酷いことにはならないのではなかろうか、いやまあ、老いてどうにもならなくなることを想像できないという点で刹那的に楽観的になりすぎる場合もありそうではあるけれども。
基本悲観的な生き方を推奨するべきではないであろうかと、物事は大抵悪くなるものであるから、今から徐々にどうにかして、対応策を考えて実行していかなければならないのであるとか、計画を早めに立てて、しかもそれは途中でうまくいかないことは確かであるという、そういう諦めと共に希望を残すことに中力できるような精神というか考えというか思考とか連想を、育てておくべきではあるのかなとは予想できるわけであり。
つまるところ若者が暴走してしまうのは、老人の示唆が足りていないということではなかろうかなというか、老人の暴走に巻き込まれてしまっている可能性の方が高いのではなかろうかな?いや暴走ではなく、過度な安全志向なのかも知れず、この辺り、調整が難しいのであろうなぁと、思考しつつおしまいです。
「若者に悲観的な想像力を与えることも神様のお仕事だとは思うね」
「数字を読みといて未来を予測するくらいは仕込んでおくべきではある」
「戒律とか訓話とかそんな感じであることはありますな”旦那様”
良いように操られないようにする知識は必要だとは思いますな”奥様”」




