2152_ライン側で掻い潜る、方には降れない雨。
誠実ではない商売を重ねていくと顧客は離れていくことになるわけでございますが、初見の方に一回だけ買ってもらえればよく、横に情報が流れないのであるならば、実はやったほうが得になる場合も多い、という捉え方で、そのようにする方も多いのであろうかなとか、想像するわけでございまして、なるほど、消費者側にも自衛する心構えがいるのであるなと、いや、それはそれで社会構造的にどうなのであろうか、とか、自問自答しつつ、まあ、建設的ではない無駄話にとして始めます、今日のゴブリンです。
子供は騙されやすいというか、すぐに気を逸らされてしまうので、誤魔化しやすいのでしょうね。いや、稀に執念深い感じの時もありますが。今日も元気可愛いですな。
悪意は巧妙に隠すことができるので、善意をそのまま信じることができないということもありそうではありますが、信用が置けない社会というものは、これはまあ資源が無駄に発生してしまうので、全体としては効率が悪いとしか言えないわけでございまして、ここはどうにかしなければならないのが、管理者やら行政の働きになる、のでありましょうか。
どこまでが商売上の許される工夫で、どこからが、詐欺まがいの不誠実なやり口であるのかという線引きは、結構難しいものがあるのではないかなという予想はできるわけでございまして、嘘は言っていないけれども、本当だとも言っていない、ただ、黙っているだけであるというやりとりは結構ありそうではあり、それは引っかかった方が悪いという商習慣となってしまっていることは、実のところどこかの法律には引っかかりそうではあるわけで。
実際に取り締まるには、数が多すぎるということではないかなという話ではあり、じゃあ、もう、商売自体やめてもらおうということになる、時代もあったのではないかなとか、いや実際にあったようではございますが、おおよそ流通というものが破壊されてしまい、それはそれで別の不具合が発生することになりそうではあり。
程度問題であるという割り切り方も必要ではなかろうかという話ではありますが、将来的には理想的には誠実な嘘のないやりとりだけで社会を商売を回していくことが求められるのではないかということになるわけでありますが、そのようになったならば商売の意味合いが経済の意味合いが変わってしまうことになるのであろうかなとか。
嘘とか不誠実とか騙し合いとか悪意とか損得勘定がないやりとりというものがない資源の移動というものが一番効率が良いのではという発想ではありますが、そうなると欲を刺激しない可能性が高く、熱意というかやるきというか、動因が失われてしまう、可能性が出てくるわけであり。
他人と比較して豊かになろう、だけではなく、前の自分より豊かになろうという意識が薄れてしまう可能性はあるかなとか、いやそれはそれで真っ当に工夫して改善して豊かになろう便利になろうというものしか残らないことになるので良いのではなかろうかという話でもあるのですが、おそらくはそこまで行かないうちに弱いところが折れるか削られるか消滅するか、暴走する、のではなかろうか。
本質的に嘘をつく都合の良いところだけを表にする厄介なところを不利益を隠すことが対話の基本となってしまっているというか、それが根底にあることが多いのではと観察できるわけであり、つまるとこと誠実な商売をしようとするならば、根本的にここをどうにかしなければいけないわけであり、まあ、一朝一夕には無理な難題ではあることは確かであり。
いつかはそうしなければならないけれども今はできないというそれを繰り返してしまわなければならないそうやって納得しなければならない思考を停止しなければならない案件ではあるのかな、と、あまりにも悪辣すぎるものは直近で被害が出てしまうので淘汰される可能性が高いけれども長く緩やかに回る毒のような不具合というか不誠実は、目に留まりにくい、もしくは不誠実であると判明しにくいので、消えることがないのではなかろうか。
必ずどの人格も嘘はつくなぜならそれは対話の基本だからであるならばその嘘が小さいうちに調整する誤魔化すために取り繕うために、それようの構造を作ってしまうことが肝要ではなかろうか、つまりは小さな嘘を許容して大きくしないようにするやり口が現実的に求められている、という、ううん、救いがないような気がしたあたりで、おしまいです。
「神様の前では嘘をつかないようにしようというのはいつもはついているという」
「嘘から出たまことという言い方もありますね、発想の転換としてはいいのかも?」
「面倒を避けるための嘘は結構多いと思いますな”旦那様”
出鱈目をやってみることもまた必要ではあるのでしょうな”奥様”」




