2139_のものもしい、もしゃもしゃもぐもぐ咀嚼。
咀嚼音が好きな方もいると聞いて趣味は色々なのだなぁと感嘆すること然り、それほど珍しくないということも聞いて、私の常識は狭いのかとか内省しつつ、いや接している情報網に偏りがあるのではなかろうかと判断し疑問を生じさせることが健全ではなかろうかとも連想しつつ、ただ、偏っているのではあるけれどもそれが多数であるとするならば、それはそれで迎合する必要があるのではなかろうか、生活を円滑にするためには長いものの巻かれることが大切であるとかなんとか、夕食は長芋にいたしましょう、相変わらずあちらこちらに思考が飛んでいる、ゴブリンですこんにちは。
面白がって口を開けて食べるのと、無意識でやるのでは、意味合いが違うのでありましょうかね?普通に溢れると汚いので口を閉じてゆっくりと噛みましょう。あと、飲み込むように食べると体に悪いですよ?今日も元気可愛いですな。
噛み砕いてというとよく考えてとか丁寧に説明してとか細かく段階を踏んでとかの意味合いにもなるわけではありますが、結果として酷いとしか言いようのないものを丁寧に説明する必要があるのであろうかなという思考もちらほらと浮かんでくるわけでございまして、具体的には命の重さが軽いという環境のお話ではありますが。
命をいただいているという認識を持って噛み締めようという話ではあるのかなとか、いやそれならば、噛まない食べ物はどうなるのであるかとか、飲み物であるかなとか、そもそも息をすることによって微生物を倒している可能性があるとかなんとかまでいくと、これはまあ生き物としては致命的に病的ではありまして。
これはまあ何かを犠牲にしなければ生きていけないという発想が生まれてしまうからこその対処方法ではあるのであろうかなとか、生かしてもらっているという思考をどこかに得て、価値観として据えてしまうという感覚でありましょうか、であるから、同時に自分自身の命を大切にしましょうとかなんとかにつなげていく話ではありまして。
ただ、命よりも大切なものがあるという展開に動くこともあり、大体はどうしようもなく利益の話になるわけでございますが、そこにいく前の段階やら建前の段階で、社会正義やら貢献やら、秩序やら、最大多数の幸福やら、お題目が発生するわけでありますが、突き詰めていくと損得勘定に行き着くことが多く、大体は、資源が潤沢にあるならば解決する話ではあるのではありまして、そこまで思考すると、大体はやる気と申しますか、意欲が失われてしまう傾向にございます。
なので、ある程度のところで思考を停止して仕方がないとかしょうがないとかどうしようもないとか関係ないとか気にしないとかどうでも良い、とかなんとか、感情を固定してしまって対応するしかないという話ではあり、そこに無力感を感じないように、どうにかこうにか個人周りの環境に影響を与えて、誤魔化していく、しかないという現実があるのであろうかなとか。
その過程というか結果として大きな環境を変質させてしまう可能性もあるので、まずは小さな所から手を付けることが全く悪いとは言えず、むしろ回り回って、全体の利益とか、こちら側の利益に通づることがあるので、推奨される行為ではあるのではなかろうかなとか、これは全体で見た場合であり、個々に注目すると余計なお世話とかありがた迷惑とかも必然的に存在していることは確かではあり、そればかりが結構目立つわけで、結果として躊躇する方が増えるのではあるかとも予想できるわけであり。
だからこそそのような改善というか行動に移しやすい環境を整えてしまうことが管理者がわに必要なお仕事であるのではなかろうかなとか、失敗を恐れさせないというか、致命的なそれが発生しないように制御しつつ、躊躇する方々を減らすようなやり口が必要になるのであろうかなとか。
結果で判断することをやめた方が良いという話ではないわけではありますが、一層過程を重視した評価が必要にはなる、可能性はあるのかなとか、噛み砕いている汚さを見せつけることによってその努力やら姿勢やらを提示して評価の対象に上げやすくするというような行儀の悪さを見せつける必要があったりするのではなかろうかという予想もできるわけでございまして、この辺りの塩梅も難しいのであろうかなとか。
基本動かないことが是とされることが多いのであるならば、できるだけ動けるように条件を整える必要があるのではなかろうかなという、ただ、まあ、なかなか難しいであろうかなとか変化を厭うのが管理者側でもあるので、とかなんとかぼんやりと思考しつつ、おしまいです。
「食べる様を見せつけるような宗教とかもありそうではありますね」
「過程を評価しないとそこで手を抜く層が必ず発生しますからね」
「くちゃらを回すとか言ったりするのでしょうか?”旦那様”
結果だけを求めるとそうなりますわな”奥様”」




