2137_ねず見、ぬれ、不眠、不急、ゆっくり。
休まずともゆっくりと着実に処理を続けていく作業を続けていくというやり口もあるわけでございまして急がない、だけど止まらない、いつの間にか積み重なっている結果だけが残るような感覚は結構快感があるのではなかろうかなとか想像するわけではありますが、塵も積もれば埃っぽいという言葉もあるようにそれが我楽多であることもままあるものであり、自己満足であるのではと、問われたならば、自分が満足できるのであるならば十分ではありませんかね?とかしれと、返すくらいの心もちでありたいと常に意識しているゴブリンです、嘘ですが。今日ものんべんだらりとぬるりと行きます。
何かに夢中になるということはそれだけで価値があると思います、ただどこかで我に帰ったあたりで、お片付けはしましょうね。今日も元気可愛いですな。
無駄な努力の有無は個人の感想やら価値観の問題に容易く置き換わるので実のところ第三者が冷静に評価する意味がない問題である可能性が高く、いやまあ、こちらに全く利益がないので好きに言えるというか、むしろ不利益があるのでこき下ろすことになるわけであり、勝手にすればよろしいのではとしか言えない場合もあるわけで。
純粋に親切心からの忠告もまたあり、素直にそれを受け取ることで得られる幸せのあるのであろうなぁという単純な予想もございますが、さらにそれを跳ね除けることによる、暗いのか明るいのかよくわからない悦楽というものが存在することも確かであり、つまるところ相手の意表がつけるというただ一点を狙ってしまいたいという性格でありましょうか?大体は傍迷惑になるのでやめておいた方が良い流れであることは、それほど間違ってはおらず。
ただ、迷惑をかけたいという目的があるならば実のところ躊躇する必要はなく、狙いどいおりであるとほくそ笑むことができるわけであり、人の邪魔をする、希望を潰す、計画通りに行かなくする、その行為そのものに楽しさを感じる人格はそれほど珍しいものではなく、大体は競争原理とかのあれこれで表層を理論武装してはいるわけではありますが、むしろやられる方が悪いまで、嘯くことも少なくなく。
協力した方が全体的に効率が良いと知っていながら、対立する、妨害することを選択するのはこれはもう趣味としか言えず、大体は悪い趣味であるかな、とか評価されることがあるわけでありますが、一定の効果があることもまた確かであり、非難しきれないという一面もあり、ただ、その妨害行為が誠実ではないという点での攻撃対象になることもまたあるわけであり、世論を読んでいくことが大切になるのではないかなとか。
いやまあ、世論そのものを制御できるのであるならば、実のところ好き勝手にやれるわけではありますが、言論統制ができる管理社会において、そうではない社会構造に対する攻撃は、これはまあ、その手の非難中傷がうまく効率よく刺さるのではなかろうかという幻想と、同時に確かな実績を伴って、やらかしてしまうことになるのであろうかなという予想がございまして。
それは間違いではあり、誤解を推し進めることであり、印象を操作することであり、歴史的に非難されるようなものではあるのではありますが、その当時はそうするしかなかったという流れを作ることによって、肯定される可能性もあり、つまるところ、あえて情報を得ないことによって、もしくは得られなかったと振る舞うことによって、正当化してしまう、もしくは仕方のないことであったと諦めさせてしまう、のであろうかなと予想するわけでございまして。
対応としては、許すことは許すのではあります、それはまあ罪を憎んで人を憎まずの精神が共通認識になっているという前提ではありますが、それを踏まえて、忘れないことでありまして、前にそうされたのであるから、今度もそうなる可能性が高く、それを指摘することで、今回を乗り切ろうとか、対応策を効果的に指していこうとか、そのような流れが、いかに上手に作ることができるのかという話になりそうであり。
そこには実のところ絶対的な正しさは存在しないのであろうかなとか、いやまあ、正しさを根拠にして争うやり口もまた有効な面はあるのではありますが、真実は作ることが可能であるという言い方もありまして、どこまで情報を操作できるのかという戦い方になる可能性が強く、それを防ぐには、個人個人の情報把握からの判断力を、客観的なそれを高めるしかないのではあるけれども、それには資源がかなり必要であるという、超長期的な視野がまずは必要であるという、堂々巡りな問題が立ち塞がるのであろうかなとか、いや本当にどうしようもないのではとか、無責任に感想を言ったあたりでおしまいです。
「神様戦略ではあるのですよ、数千年かけて何かを作るような感覚です」
「積み上げているうちに道を見つけるような感覚でしょうか」
「大体一万年くらいも付き合ってませんからな、神様とは”旦那様”
近道とか抜け道とかではなくて普通の山道ですな”奥様”」




