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2136_毳毳しい化け物らったらった鼠。

 とにかく毛むくじゃらで丸くて小さければ妖怪のようであるという認識でそれほど間違ってはいないのではなかろうかなとか、脛こすりとかなんとかなーとか、きむじなーとか、煤まみれとかそんな感じではありますが、大抵は見間違えであり小動物とか鼠とか兎とか狸とか狐とかがそうなのではなかろうかなとか綿埃とか空をまう布とかもありそうではあるかなとか、いやそれはそう言ってしまうと浪漫がないので、いると思えばいるのですよとか何とか含みを持たせる技術が必要なのではなかろうかとかなんとか、いやなんの話なのかというと、怪談で涼を取ろうという無駄話でありまして、暑いですね、珍しく季節の話題でございますなゴブリンです、そういえば私も妖怪の一味ではありますか?


 怖い話を笑いながら聞いてしまうというところに精神的な特異性を感じるわけではありますが環境が環境であるのでそれほど問題はないのでありましょうな。今日も元気かわいいですな。


 恐怖が娯楽になり得る社会とか文化はあるのであろうかなとか、感情を揺さぶられることが好きというか、振り切ってみたい、刺激を過剰なまでに受けてみたい、叫んでみたいとかなんとかは、結構、欲求としては日常的なものであるというか常識的なものであるというかありふれてはいるようでございまして。


 古くからその手の話やら出し物は多かったようでありまして、これはまあ驚かせたいという方と驚きたいという方の双方の欲求を満たす構造が結構あったのであろうかなとかなんとか、いやまあ暴力が日常的であった社会であったならば、これはまあ洒落にならないという可能性もあったわけでありまして、ある程度余裕がなければ娯楽にはならなかったのであろうかなとか。


 逆に日常的に恐怖が身近にあるような社会であったならば、わざわざそれを探しにいくようなことはないのであろうかとか、いやまあ、練習がてら、心を鍛えるためにも無謀なことをしてしまう、肝を太くするためにやるとかはありそうではありますが、そう考えるとどの時点でも恐怖体験を楽しむ精神は生まれるのであろうかなとか。


 別に破壊的なものではない、可能性が高いわけであり、そのまま身の破滅まで行ってしまうことは大抵の方は求めていないわけではありますが、何もかも壊してしまいたい台無しにしてしまいたいぐちゃぐちゃにしてしまいたい、というような欲求はそれほど珍しいものではないわけでありまして、安定を不安定と感じてしまう心情と申しますか、いつか壊れるのではなかろうかという心配が脳裏を離れないという感覚があったりするのであろうかなとか。


 つまるところこの平穏は長く続かないのではなかろうかという不安が、破壊願望とか、それの代替行為としての恐怖体験を求めるような、欲求へと走るのではなかろうかなとか、なので、元々不安定であるならば、すぐそばに恐怖が偏在するような社会であるならば、それは必要なく、むしろそれを日常的に楽しむように精神が変わってきてしまっている可能性はあるのかなとか。


 戦場帰りの兵士が精神やら思考方法やら連想を独特のものにすることがあるように、恐怖を楽しむというか日常的に恐怖がある不安定であることに慣れようとする適応しようとするからこそ、それが急になくなると齟齬が発生するという話ではあるのであろうかなとか、そしてそれは意外と共通認識として広く知られていないということも、悲劇をよく発生される仕組みになっているのかも知れず。


 知識としては知っていても、それを実体験として感覚として捉えることが難しいという問題かも知れず、であるならば、恐怖体験をどうして欲する人格があるのかというあたりから、掘り下げて一度思考しておく必要があるのではなかろうかなとか、悲惨な体験を語り継ぐという流れの奥底というか結構表層というか、表裏一体で、そのような経験を羨む直接的ではなく、心を乱される、掻き回される、気持ち悪さが、刺激となり娯楽となっている可能性はかなり高そうであり、しかしそれを明言することはできない、主に倫理的な問題やら世間体の問題やら、評判の問題やらで、その結果、内面で歪む可能性が高いのではなかろうかなとか。


 かわいそうは楽しいという素直な感情が生まれることが歪んでいるという認識で持ってしてその結果、心を病んでしまうというう流れもありそうではあるかなとか、恐怖を楽しむことは不自然ではないという展開をどこかで挟まなければ、その歪みは不幸を呼ぶ、可能性もありそうではあるかとか、ぼんやりなんの話だったかなと、連想を発散させたあたりでおしまいです。


「神を恐れて敬うことが楽しいので宗教は続いているのですね」

「自分ではどうしようもないことがあることが安心につながるという話でもあります」

「畏怖するべき対象があるということが安心につながるというわけで”旦那様”

 大体全部どうしようもないなぁと知ると穏やかにはなりますな”奥様”」

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