2123_だばだーだばだーと耳に残るぞ染み入るぞい。
頭から離れない音楽とかの現象には特別な名前があるそうでございまして、どう言うものかは実際には知らないのではありますが、なぜか繰り返し繰り返し響いていってしまって、思考が途切れなくなってしまうようになるわけでありまして、これはどういった仕組みなのかなとかぼんやりと思いついたあたりから連想を回していくように持っていく感じで、書き散らしていく次第、いつものゴブリンです。
口に出して何度も繰り返し同じところを歌うのも似たような仕組みなのでしょうか、いや好きですよねその歌、今日も元気可愛いですな。
仮説としては何も考えないと言うことが脳みそにはできかねるというかその状態が負担である可能性があるのでとりあえず音楽でも流しておこうかと言うある意味防衛反応と言うか維持管理のための工夫なのではなかろうかなとか、いやまあ、頭を使う方が疲れるのでそのようなことはしない方が良いのではなかろうかと言う予想も妥当性はありそうではありますが。
然るに、実際に、何も考えないようにすることは容易にできうるものであるのであろうかなと言うと、これまた難しいのではなかろうかとか、こう、儀式的なと言うか、特別に何も考えないぞと言う心持ちにならなければそれは実行できず、しかもそれを為すにはかなりの修練とか努力とか労力とか技術が必要になる分野である、からして、脳みそは何も考えないと言うことが苦手なのではなかろうかなと言う予想が立つわけでございまして。
ではなぜに思考を続けなければならないのかそうである方が、楽なのであるかというと、これはまあ、生きているから、止まることができないから、もしくは止めることができないからではなかろうかなと言う予想ができるわけでございまして、要は化学反応であるわけでありますね、それは完全に止めてしまうと不快になる可能性が高いとうことではなかろうかなと言う予想でございます。
いやいやそうであるならば、酩酊状態、酒精とかによるそれによって、脳みその動きが鈍くなると申しますか朦朧とするとか、真っ当な思考ができなくなるような状態になることはどう説明するのか、と言いますと、これはまあ、その状態が本来不快であるということであるはずなのに、それを判断できなくなってしまっているということではなかろうかなとか。
いやまあそもそも酒精による酩酊状態であっても考えることは止まらないわけでありまして、さらには内容はともかく妄想が働いていると言う可能性は高く即ちそれは脳みそが叩いている思考をしているということではなかろうかなとか、意味不明な連想をしていたり、何かを繰り返し想起していたり、などと単純化と言うか迷走している可能性は高いけれども決して停まってはいないと言うようにも観察できるわけでございまして。
逆に取り止めもない思考が暴走している状態である場合もありそうではあり、即ちどうあっても脳みそは止まっていないと言うことになるのではなかろうかなという予想が成り立つわけでございまして、逆にそうでなければ困ることがあるのではなかろうかとか、いやまあ、困る困らないではなくてただ単に止まることが不得意な器官であるという可能性も高そうではありますが。
睡眠時はどうなのでありましょうかというと、これまた止まってはいないように観察されるわけでございまして、いやまあ、休んではいるわけではございますが、完全に停止してしまっては再起動に余分な熱量が必要であるというか、そもそも再起動が可能かどうかすら疑問であるように予想できますので、定速度ではあるものの動き続けているのではなかろうかなという予想がございます、少なくとも肉体を司る部位は動いてなければ困るわけではございますが。
夢を見たりするのはそのような理屈のうちなのであろうかなとか、止まることがないのでそれが記憶に残るくらいにたまに動くのであろうかなとか、記憶の整理を睡眠時にしているという指摘もございますので、つまりは、ここでもまた止まっていないということではあるように思えるわけでございまして。
ただ思考にはある程度以上の資源が必要でありそれが確保できなければ、かなり安価な思考を繰り返すしかなくなるわけであり、そこにたまたま記憶に残っていた歌がはまり込むと、止まらなくなるのではなかろうかとか、いやまあ疲労時以外にもそうなることがあるので、それだけではないのでしょうな、とか、ぼんやり連想しつつ、仮説おしまいです。
「余計なことを考えないようにしてとりあえず悟るように仕向けるやり口はありますな」
「制御できないところは確かにありますね、脳みそ」
「大体は勘違いになりそうではありますね、もしくは錯覚でしょうか”旦那様”
そもそも思考を制御できるというのが間違いかも知れませんな”奥様”」




