2120_みっともないキャッチボール落ちる会話。
そもそも会話のやり取りが必要かどうかという話でもあるのかなとか、ただ単に思いっきりか何気なくか、適当にか、言葉を発することが主題な行為というものは確かにあるのであろうかなと、言われるまでもなく、この文章も似たようなものであり、基本意味はなくただただ思いつくままというか思考すら取り除いて反射的に書き連ねていくというような塩梅に近いものがあるというわけで、価値があるかどうかは読み手にかかっているという放り投げ状態であるわけで、どうも発行無責任者のゴブリンです、皆様お元気ですか、私はちょっと暑さでまいっています。
数秒前に発言した内容をすでに忘れている場合があるのが幼児ではありますが逆にしつこく覚えている場合もあるので対処には注意が必要ではあります、ごまかしが効かない場合があるということでしょうね。今日も元気可愛いですな。
幾度か話題にも挙げたような記憶があったようななかったような気がしますが、会話というものは意志の疎通以外の側面があるわけでありまして、共通の時間を過ごしたというか、ただただ言葉を交わしたというか、発音を近くで聞いていたという経験というか実績そのものが大事であるというものが大切であるということがございまして。
つまる所その会話のようなものをしている間その距離で安全であった危険がなかった心地よいかどうかは別にしてそれほど不快ではなかった、もしくは好きにしゃべることができて心地よかったという、経験が得られることが大事であり、その内容は実はどうでも良いということがこれはありそうではあり、むしろ毒にも薬にもならない方が、余計な思考をしなくてよろしいので好まれるものがあるという話であるのであろうかなとか。
問題はそれに慣れすぎてしまっていると議論討論ができなくなってしまう、と申しますかそのような発想に至ることが少なくなることでありまして、むしろそれが必要な場面でも不快であるから労力が発生するから心地よくないから面倒臭いから、避ける傾向に進んでしまうことがありそうであるので、何事にも程々が必要になるのであろうかなとか。
逆に実利的な会話しかない関係というものは余裕がないので問題である場合もございまして、ただその、必要本意の会話だけが心地よいという場合もまた同時に存在するわけであり、これまた何度も発言している通りに、その場の環境とか条件とかそれに至るまでの歴史とかによって変化する変質する対応を変容させる必要があるものであるのであろうかなと予想できるわけでございまして。
空気を読むとかはそのようなことであるのであろうかなとか、真面目一辺倒というか無駄話をしないのとできないのはまた違うのであろうかなとか、その場面場面での見極めが大事であるという話でもあるのではなかろうかなとか、いやまあ、会話術というか対話術その手の技術が進化していくとその辺りの無駄が省かれてしまう可能性はあるけれども、娯楽としての発言、意味のない言葉の羅列が消えるかというと、文化的には難しいのではなかろうかなとか。
数千年くらい過ぎればそれらの無駄話とか違いにそれぞれ適当に発言していくことによる社会性の維持とかの仕組みが一新される可能性はあるのではありますが、同程度に全く変わらないか、さらに文化的に洗練された無駄話文化が花開いている可能性もありそうではございまして、話芸とかその手の文芸が進化していくわけでございますね。
同時に文章、書き物読み物ですね、物語とか小説とか説話、逸話その他書き文字でも情報伝達芸能もまた進化していく可能性が高いのではなかろうかなという発想が出てくることもまた自然ではありまして、単位時間あたりの伝達量が増えていく効率化していく可能性があるのではなかろうなとか、それこそ視覚情報以外の何かが補助的に働くようになるか、目にとって変わるような何かが生まれる可能性すらあるのではなかろうかとか。
ただそのように便利な伝達、効率的なものが生み出されたとしても、きっと誤解とか誤読とか誤情報とかは、なくならないのではなかろうかなという予想もできるわけでございまして、これはまあ、そういう伝わらないからこそ生まれる何かを守ろうとするというかそれがなければ長期的には社会が停滞してしまう安定しすぎてしまう、熱量がなくなって冷えて固まって滅びを迎えてしまうのではなかろうかという予想がございまして、逆にいうならば社会が断続的に存続しているならば、誤解誤読勘違い解釈違いというものは残っているのではなかろうかなという予想なのですか、まあ、どうなるのでしょうね、戯言おしまい。
「神様のことを完全に理解してしうことは神様の求めるところではないわけです」
「そのままで伝わらないからこその直感が生まれるわけですよね」
「自分になってほしいわけではないのでしょうな神様は”旦那様”
完全には伝わらないからこそとっぴな発想が生まれるのでしょう”奥様”」




