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2117/2618

2117_律令制度というか法治国家で放置。

 中央で全てを司ろうというやり口ではあるわけで、ある意味現在の政治体制に似ているというかそのままではなかろうかなとか、ええまあ、地方自治がある程度許されているかどうかという話でもあるのではありますが、基本は、同一の法律やら決まりやら税制やら、単位を使用して統治していくということではあるのかなとか、いやまあ、個人の財産を認めないというか、そういうところでは共産主義的な側面もあったりなかったりするのかなとかは予想できるわけでございますが、そのところどうなのかとか、調べずに今日も行きます無駄話だもの。ゴブリンです。


 幼児独裁国家という新しい概念があったりするのでありましょうか、ええまあすぐに革命が発生して転覆するわけではありますが。残念ですがその主張は通らないのです、お片付けを致しましょう。今日も元気可愛いですな。


 法律があれば政府は必要ないのではなかろうかという発想があったりしますが、要は無政府と申しますか、直接的に人民が政治に携わるような感じでありましょうか、権力機構がない状態であることによって、恣意的な誘導が少なくなるのではなかろうかという発想ではありますが、実際に実行するには色々と問題が多いのではなかろうかとか。


 民主主義の行き過ぎたところにあるのかなという意見もございまして、前提としてある程度の政治的な社会構造的な理解が過半数以上の住民に必要となるという話ではあり、それができるのであるならば、別に選挙によって舵取りが可能なやり口でも良いのではなかろうかということにもなりかねないわけではございますが、どちらの方が消費資源が少なく政治的な腐敗が発生しにくいのかというと、これはまあ、無政府状態である方が良い、場合もありそうではあるかなとか。


 決定権が決定的に人民にあり、その多数決とか妥協とかで社会を回して行こうということではありますし、意見の集約やら議論というか、発想やられに付随する実効性やらを、担保するための技術は、すでにあるかできつつあるのではなかろうかという意見もありますし、であるならば、あとは個人個人の能力が問題になるのではなかろうかなという、教育というか、共通認識をどうにかしていけば良い、のかもしれず。


 それぞれがそれぞれに責任を持つことにより、負担を分担することによって、精神的に楽に社会を運営していくことができるのではなかろうかという話であり、ただその手の専門家が存在しなくなる可能性もあるわけでありますが、ただ、論客という形で残りそうではあるかなとか、一定の方向に進むことが難しく、流行で行き先が変質しやすいのではなかろうかという不安は、これまた、ほぼ正しく効率的な意見を大多数の者が選択できるという前提が成り立てば、問題なくなる、のであろうかなと。


 実際にはそこまでいくにはかなりの時間が必要になるわけではございますが、最終的な政治形態としては完成形に近いのではなかろうかという想像ができるわけでございまして、いやまあ、それが楽であるかというとそうでもないのかという意見もまた正しく、要は、多くの意志を反映して、満足して納得して従えるかどうかという点において、悪くないということでしかないのかなという、意見もありそうではあり。


 ただ、全ての所属する人格が妥当であると納得するのであるならば、実のところ政府があろうとなかろうと問題はなく、実行するための組織さえあれば自動的に最適解を進ませることができるわけであり、形態そのものに意味はないのではなかろうかなという、話にもなり、無政府であろうとなかろうと、結果に変わりがないという、見方もできるかも知れず。


 要は集団の意思決定が自然に最適解へと導かれるような環境に、される状態にまで変質してしまえば、政治体制はどのようなものでも関係なくなるのではなかろうかなという予想ができるわけであり、それは独裁と呼ばれようと、民主主義と呼ばれようと、王政であろうと、無政府状態での直接人民統治であろうと、表現が変わるだけで本質は同じであるという意見もありそうではありまして。


 どこに幸せを持ってくるのか、という話でもあるのかなとか、要はそのような些事、社会基盤を安定させる、構造を維持して管理するということを外部に任せられるようになるか、高度に自動化できるようになって初めて、個人の幸福を真に得られるという、まあちょっと過激な意見にも妥当性があるのではなかろうかとか、いやまあ、益体もない連想を発散させたところでおしまいです。


「理想郷だと認識したなら、どのような形でも構わないとう発想はありますね」

「資源の適切な管理がされるならば問題ないという人ばかりではないという」

「洗脳されても本人たちが幸せならばそれで良いのでは?という話ですな”旦那様”

 その管理自体が面倒なので見返りを求めると自然に腐敗するわけですな”奥様”」

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