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2116_りゅうどらごん、叛逆と自立。

 反抗期は人格が自我を確立させるために必要な時期であるとかなんとかではあります、要は自分で考えて決めたいという欲求と外界とを上手に擦り合わせるための試行期間でありまして、なければないで問題があるわけでありますが、それがなくとも、妥協できるのであるならば、人格的には問題ないことも多そうではあります、いやまあ、そういうものであるという自覚のもとで反抗期を過ごすとかなり論理的に客観的なそれになってしまうので、そうは見えなくなるということかもしれません、などとぼんやり連想しつつ始まる今日のゴブリンでございます。


 いやいやと全てを否定するとかなんとかは、また反抗期とは別なのでありましょうかね、これはこれで面倒臭いですが兎角意見を表明するという練習なっている、のかもしれないですな。今日も元気可愛いですな。


 天邪鬼という言い方もできるかもしれませんがとにかく人と同じことをすることができないというか心理的な負担になってしまう、独自性を出したい、埋没したくない、が、動機でありましょうか、承認欲求とかも含まれそうではありまして、その他に埋もれたくないという欲望はそれほど珍しいものではなく。


 逆に目立ちたくないという利益を追求する方もまた珍しくはなく、余計な仕事が増えることを厭うというか自分の時間を大切にしたいというか、社会性を否定するというか、社交に資源を割くことに意味を感じないという性格である、ような感じでありましょうか、これであると、反発する内容が変わってくるわけでございまして。


 群れを作らない方向へと進むわけでありますね、近くの保護者的立ち位置から離れて、たの集団に所属する欲求とは別の、一人でいたい、寂しくなりたいという欲求からくる、反抗となるわけであり、まあ、基本群れで生きることを良しとする社会からは、異端視される可能性が高いわけではございますが、社会構造がそれを良しとするように変化した結果それほど問題が大きくなることも無くなってきているという観察もできるわけでございまして。


 ただその性質は生き物としては問題があり、根本的に次代を産み育てることができないということであり、そこをどうにかして、社会構造で救っていかなければならない、補填していかなければならなくなってしまっているという流れになるわけでございまして、最低限の群れの一員としての働きを求める、もしくは求めやすくするように環境を整える必要があるわけであり、また、そのように誘導するように、ある種の洗脳的な学習をさせなければならない、場合もありそうではあり。


 ただそれは結果的にそうなってしまうわけであり、別に社会を存続させよう、種を残そうという欲求やら使命やら目標が先にあるわけではなく、いやまあそれを目標にしている個体もまた存在するのではありましょうが、過半数はそれほどの使命感はなく、周囲の環境に依存して流されて生きているわけであり、確固たる信念をもって行動しているという方は少ないと観察できるわけであり。


 とどのつまり、要因が噛み合って、偶然、続いているだけであり、それを意図的に行えるのかというと、そのような気持ちにならなければ、流れにならなければ、どうしようもなく、さらにいうならば、それは多分に運に左右されている行為である、のではなかろうかなとか、どう転がるのかわからないような賽子を振っているような、感覚なのでありまして。


 前提として確固とした自我というものは、自意識というものは存在せず、ほぼ全て環境要因によって決まっている、この場合の環境というものは、入力される情報という意味合いくらいのことでもありますが、それが偶然にも干渉しあって、脳みそを通して出力されているだけであり、実のところ、そこに個人の人格による決定は皆無というかないという、見方もできるという話であり。


 自らの欲求そのものもそれまでに入力された情報が影響しあった結果に過ぎず、決定したという認識も、おそらくは勘違いか、そうとしか認識できないだけであり、そこに自らの意思はなく、どうしようもなく制御できないものであるという、ように見ることもできるという話であり、ではそれらをどう評価して次の行動を蹴ってしていけば良いのかとなると、そこもまたどうしようもない分野となる、とか、考え始めると息詰まるわけであり、であるから、思考をどかかで止める必要がある、と、なるのかなとか、いやどうなのでしょうかね?おしまいです。


「神様は叛逆されることを期待しているという見方もできますな」

「どうしようもない情報の出力を自我と呼べばまあなんとかなりますね」

「乗り越えて欲しいという期待の押し付けとかはありそうですな”旦那様”

 制御できないことが当然という捉え方で自我をみると良さそうではあります”奥様”」

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