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2113/2618

2113_桑の鍬、好きの鋤、耕すガヤガヤ。

 騒音はどこまで許容できるのかというのは個人個人の感性によるというよりは、やはり環境と慣れに依存するのではなかろうか、いやまあ、過敏症系の体質もあるのでやはり一概には言えないものではありますが、若い方が高い音を聞き取りやすいということもあり、集中力を欠くことになるのかという話でもありますがその分警戒はしやすくなるので、索敵には有利ということではなかろうかいや何と戦っているのかという話ではございますが、おそらくは蚊なのではなかろうかな、はい、無駄話です、ゴブリンでございます、こんにちは。


 虫に噛まれると痒いということを知ったわけですが、虫取り自体は好きなままなのですよね、いや昆虫食をしたいというわけではないのですが、あまり見た目にはこだわらないようでございまして、みっしりとさせるのはやめてください。今日も元気かわいいですな。


 環境音であるならばある程度響いても気にならないという話ではあるのかなとか、親しくない人の足音とかそもそも知らない方の足音とか気にはなりそうではあります、特に後者は泥棒の可能性すらあるので不安になってしかるべき音ではあるのかなとか、見ても実態がなければそれはそれで別の怖さにつながるわけではございますが。


 虫の声、鳴き声ですね、それが不快に感じる可能性も大きいわけでございますが、逆に季節を感じさせる音として風情ということで納得してしまう、もしくは心地よく感じてしまうこともあり、やはり心の持ちようということになるのではとか、予想してしまうわけでございますが、暑かったり寒かったりすると、それに連なる音が気持ち悪く聞こえてしまうということもありそうではあるかなとか。


 機械の音、電動機発動機の音が不快であるということもありそうではあるかなとか、それはつまるところ、聞きなれないということもありますが、純粋にその音の大きさが不快ということではなかろうかなとか、ではなぜに轟音がそう感じさせてしまうのかというと、たの警戒音が聞こえなくなるから危険を察知できないから厭うとうことではなかろうかな、本能的な生存戦略的な忌避感があるのではなかろうかという予想もできるわけではございます。


 振動がだめであるということもありそうであり、こう、内臓に打撃を与えるような音であると、いやまあ物理的に影響があるくらいの音であるなら、それはそうであろうかな、揺すられてしまっている、自分の意図したものとは違う力で動かされてしまうということが、拒否感を助長するような感じでありましょうか、あるいは、何かの危機を連想してしまっていけないのかもしれず。


 地震やら、川の氾濫やら、そのような地面が震えることによって連想される危機感が刺激されて、気持ち悪く感じてしまう、危険と誤認して否定的な心持ちになってしまう、そういうことがあるのではなかろうかなとか、単純に重低音が周波数的に気持ち悪くなるというものもありそうではありますが、これはまあ、おそらくは、生き物の大半が水でできているということに関わりがあるのではなかろうかとか、揺れて気持ちが悪くなる、ということではないかなという予想ができるわけでございまして。


 脳みそが揺れを感じてしまうもしくは直接的に揺れてしまう、三半規管が誤作動をして酔いを生み出してしまうということもありそうではございまして、しかしこの刺激は上手に取り入れれば、快楽に変換することもできるのではなかろうかという、発想もそれほど珍しいものではなく、音楽の薬というか、興奮剤代わり、もしくは鎮静剤、覚醒剤、に成り代わることができる可能性が出てくるわけであり、実際に、音楽にそのような、脳みそをどうにかしてしまう成分があることは、観察されているわけでございまして。


 心地よい音の響きというか連なりが存在することはこれはまあ確からしいわけであり、それは騒音とはどう違うのかという分析もそれなりに、かなり、結構、専門的に、進められているのであろうなぁという予想もできるわけであり、調べれば、詳しくわかるのであろうかなという連想はあるものの、そこは無駄話の種であるわけであり、あえて調べないわけでありまして、仮説を立てていくことが楽しいという意味合いでもあるわけであり。


 以前にも取り上げたような覚えがあるわけでございますが、聞きなれた自然の音に近いものが安全で安心であるという理屈と、興奮する時の心臓やら体の節々から生まれる音やら、風を切るようなそれやら、荒々しくも揃っている足音やら、打撃音、斬撃音やらが、こう引き金になっている、のではなかろうかなとか、あるいは、快楽につながる性的な声を想起するような音が、そのまま、良い刺激として連想されている、可能性もあるかなとか、さらには、そのまま体を心地よく揺らしてくれる音の響きがある、のかもしれず、なるほど、音楽がないと生きていけないという、理屈も理解できるような気がします、とわかったようなことを言ったあたりで、おしまいです。


「ありがたい言葉が子守唄になることは、まあ、ありますね」

「まるきっりの無音であると逆に集中力が削がれることもあるそうです」

「そのような雑音説教が心地よいという場合もありそうですな”旦那様”

 自ら発する音すら聞こえないと不安になるのは理解できそうですな”奥様”」

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