2112_がんがん行こうぜ、たまには引くわ。
対立している瞬間に弱みを見せてはいけないと申しますか弱気になってはいけないというか譲歩してはいけないというやり口はこれはまあ基本であるようでございまして、引けば引くほど踏み込んでくる利益を確保しようとしてくる、都合の悪いことは聞こえないふりをしてただただ、相手の失敗を指摘するもしくは相手の都合の悪いところを指摘して世論を煽る、これはまあ、普通の戦略であり戦術であり、客観的にみるとまあ、醜いやり口ではあるものの、必死さが可愛らしいという評価もできなくはない、のではなかろうかなとかぼんやり想像しつつ始まる今日のゴブリンでございます。
勢いで押してみるというのは子供のやり口ではありますが、意外に集団ではやれそうになるところが恐ろしいというか、諦めさせやすいという。いやでもまあ、それは間違っていますので、だめですよ?今日も元気可愛いですな。
間違いを認めてはならないというやり口が横行しているわけではございまして、議論にならないというか納得させられないやりこめられない論破できない意見を翻すことを促せない、従わさせれないわけであり、どうにかこうにか妥協点を探るくらいしかできないものが、これがまあ話し合いの本質であり、争いの本質というか現実的な決着点であるとみることができるわけでございまして。
ではどこで感情の息抜きをさせるのかというと、これは犯罪的な暴力によってなされることが多く、もしくは一方的に非難をぶつけるこれはまあ、反論されることのないところへと発散させるやり口ではあり、弱者への苛立ちをぶつけることを合法化するやり口でもあるのであろうかなとか、つまるところ悪人を作り上げてそれを吊し上げて正義の文言で罵倒することで溜飲を下げるというやり口であり、それほどこれも珍しいものではないという認識ができそうではございます。
それを意識してやっているのか誘導されるままにやっているのかという違いはあるのかもしれませんが、そもそも事実を誤認させて世論を誘導するやり口はこれまたそれほど珍しいものではなくその原因は客観的に一次情報に近いところから真実に近い情報を手に入れることが難しい現状が助長させているということも言えそうであり、この辺りを改善させることで現状を打破することができるのか、という閃きを得られたりもするわけであり。
ただ、情報統制の力強さを確認するだけの結果になる可能性もこれまた国と地域によってはある話であり、さらにいうならば、学習深度が浅い社会ではそもそもそこに至る発想すら浮かばないという前提条件から違うものが広く横たわってしまって、認識を阻害させてしまうという話であり。
そのような社会を作り上げた方が管理者側に有利であるというのは、短期的にはそれほど間違っていないわけではありますが、いうまでもなく長期的にはこれまたよろしくいということが推測されるわけであり、実際、数世代で破綻したそれも破壊的に壊滅的に暴力的にそれが行われてしまった歴史が証明しているわけではありますが、その場その場でどうにか誤魔化して逃げ切れれば良いという為政者の心情的には認められないものであるのであろうかなとか予想するわけでございます。
想像力の欠如ということもありそうであり後年どう非難されても現世で思い通りに生きることができたならばそれで満足であるという価値観の違いというものもあるのであろうかなとか、ただそれを権力基盤がしっかりしていない状態であからさまにすると支持を失うことになるので、塩梅が必要になるというか、結果として独裁者的な振る舞いになったしまっただけで本人というかその人格に罪はないという言い方もできそうではありまして。
偶然にも、その位置に当てはまることができたというだけであるという話はありそうではありまして、ただ、逆に必然的に最終的にそうなってしまう道筋を選んでしまったという言い方もできそうではございますが、これは勘違いであり、過去に遡って評価する、確認したらあたかもその道しかなかったような運命に見えるだけの話であり、実際のところは、さまざまな要因が重なり合った偶然にすぎない、と言えるのではなかろうかなとか。
個人の努力やら意思やら行動やらでその結果を覆せたのかというと、想像上では可能であろうけれども結果が既に出ているわけであり、あの時こうしておけばよかったという意見は、未来に向けて似たような状況が発生した時に僅かに指針になるかもしれないというものしにかならず、もう手遅れであり、そして基本、大体のものは手遅れであるのではなかろうかという話であり、しかし、逆にいうならば、そこまで行っても運が良ければ、良き方向へと行為が連鎖し、変質していく可能性も十分にあるという、では、どうすれば良いのか?となると、まあ、周囲の環境と状況によるとしか言えないところに、おかしみを感じたあたりでおしまいです。
「好きに生きると破滅するから神様に縋ろうという発想はありますね」
「個人の最適解が社会のそれと重ならない場合もありますね」
「破滅してもいいやという発想になる宗教もありそうではありますな”旦那様”
それを擦り合わせるのが行政とかになるのでしょうな”奥様”」




