2111_マンガンジョウジュな二酸化満貫。
例によって副題に意味はないという話ではあるのですが、ある意味、目次として役に立っていない題名付に意味はあるのかという疑問が湧いてくるわけではございますが、さらに踏み込んで思考してみるにそもそもこの文章自体に意味があるわけでもないしなと納得することしかり、基本無駄話でございまして、意味はないけれども価値があると目指しているようなそうでもないような、そんな感じのゴブリンでございます、お元気ですか、きっと元気でしょう、と決めつけたところで行ってみましょう。
化学反応で遊ぶおもちゃというものは結構幼児には早いのかなと思いましたが、練っていると色が変わるのは比較的安全に遊べるのではないでしょうか、実はあまり体に悪いというわけではないところが味噌です。甘味ですが。今日も元気可愛いですな。
願いが叶うということはどういうことであるかというと、願いが叶うということに他ならないわけであり他には意味がなくもしくはそれ以外の意味を求めようとすると純粋な楽しみおかしみ嬉しみが薄れてしまうのではなかろうかなとか、それはただそれだけを受け取ってしまった方が良いのではないかなとか予想するわけでございまして。
いやひと時の喜びに浸り過ぎてはいけないこれは過程であり次があるのであるからして、立ち止まってはいけないという意見もございますが、これは普通に考えてしんどいものでありまして、いやどこまで進めば良いのか、どこまで成功すればよりのか、どこまで達せれば良いのかという、先が見通せない暗さとかに襲われて厭世的な気分に陥ってしまってよろしくない、場合もあるのではなかろうかなとか。
ただその通りなこともありあまりにも小さな幸せで満足してしまっていては次の幸せをもっと幸せになれる可能性を閉ざしてしまうのではなかろうかという心配が生まれてしまうわけでございまして、この辺り塩梅が大切なのではなかろうかなとか、いやまあ、苦しみに対する報酬が釣り合うようにしようとすると、また、苦労することになりかねないという、ちょっと矛盾のような行為が襲いかかってくる場合もありますので、これまた難しいのであろうかなとか、何が難しいのかというと、幸せであることと、幸せであり続けることであるのかなとか、いやまあ、刹那的に生きていけば大概はどうにかなるという発想もないことはないのではありますが。
小さな幸せを連続して得ようとするというやり口もありそうではございますが、それを繰り返していくうちに負荷が徐々に徐々に溜まっていき、いつしか不幸がまとめて訪れる、場合もあったりするわけでございまして、大体においてそれは怠惰に過ごしてきたつけであるとか言われたりするのでもございますが、往々にして真相はただただ運が悪かっただけという場合もあるので侮れないわけでございまして。
どのように周到に立ち回り、十分な準備をしていても、不運にて失敗することは普通にあることであり、そもそも、他の要素が必ず舞い込んでくるわけでありますから、必勝はありえず、なので、負けても不利益が少ないように危険を分散しておくべきであるという発想はこれまた正しく、であるならば、どう転んでも幸せになる、少なくとも小さなそれがあるようにしようと画策することはそれほどおかしくはないわけではありますが、そのようにしようとする行為が失敗につながる要因になることもあるので、これまた難しくややこしく、面倒くさい話にはなるのではなかろうかなとか。
下手な考え休みに似たりということわざもあるように、用意周到である、というか、いろいろと対策を考えて練っておくことをするよりも、とりあえず進んでみた方が結果的に良い状況になる、という場合もこれまた多いわけであり、ただこれであるならば、失敗してしまった時に精神の持って行き用が難しく、自己責任で潰されそうになる、場合もございますので、この辺りも調整が必要なのであろうかなとか、想像するわけでございまして。
ただ短期的に何かを残さないといけない、残したいのであるならばとりあえず手を動かして何かを作ってみるとよいということは確かであり、承認欲求を満たすために、それによって精神の安定を得ることは、それほど悪いことではないのではなかろうかなとか、いやまあ、考えなしに行動して周囲に多大な迷惑をかけることが、良いかというと、それは明確に違うと言い切れる、場合が多いわけではございますが、逆に迷惑をかけることによって生まれる何かがある、とも言えそうではあり、これはもう、結果論と申しますか、結果的にどうなるのかという話になるのかもしれず。
願いは大きい方が良く、目標は小さく段階を踏んだほうが良いとも言われているようでごございますし、大きいのは志でありましょうか?どちらにせよ、環境状況歴史的背景を見て動くしかないという普通の結論を出したところで、おしまいです。
「神様は願いを叶えるためにいるのではないという教えも多いですね」
「ある程度満足しなければ次に進めないということもありそうです」
「精神安定用のシンボルみたいなものですからな”旦那様”
欲を満たしながら進むという生き物としての本能ですな”奥様”」




