1592_ゆーは何しに味覚糖。
そもそも何かを目的にしなければ来てはいけないのかとか存在を許す許されないとかは何が決定づけるのであろうかとか、結構香ばしい議論を吹っかけるとこれはこれで面倒な相手でありますねと敬遠されることになるのではなかろうかなと、であるならば、討論することそのものが不利益を生むのであろうかなとか、ぼんやりと想像しながら始まる今日のゴブリンでございます。
納得するような理屈が当人にはあるのであろうかなとは予想できるわけでございますが、すみません、よくわからないので最初から経緯を説明してもらえるでしょうか?今日も元気可愛いですな。
消費をしたくないと言う動因は生き延びるための本能に近いものでございまして、余計なことをしなければ騒動に巻き込まれない事故に合わないと言うことは当たり前のお話でございまして、ただ、必要な時に必要な行動をしていなければ、その後にもっと大きな不利益を被ることになるということもまた簡単な事実でございまして。
基本その見極めをしながら生存戦略を練っていくということになるわけでございますが、あまり複雑になりすぎると制御が難しいわけでございまして、思考をそれに取られてしまうことを厭う傾向にはあるのではなかろうかと予想するわけでございます、処理が定形化することによって余分な苦労をしなくても良いようにしている状態で、状況が変化するとこれは明らかにごめん被る事態になりかねないからでございまして。
今までやってきた内容を否定されるような気分になるからこその討論を厭う発想になるのであろうかなとか、基本行動は無駄になることが多いわけでございまして、むしろその無駄を楽しむくらいで丁度良いのではなかろうかなとか予想するわけでございまして、退屈よりは闘争を望む神経の持ち主はこれもまた一定数存在するのではなかろうかとか予想するわけでございます。
要は趣味の範疇であるのであろうかなと、好みとか傾向とか言い換えてもよろしいかもしれませんが、好きか嫌いかで語った方が問題がない展開になりそうでございまして、社会正義がどうのこうのという根本もまたどのようにあるべきであるかという自分の好みの問題であるのであろうかなとか、予想するわけでございます。
安定しており、不安のない社会を求めることが絶対に正しいのでありますという意見は、それはそう否定されるものではないわけでございますが、そのために全く変化のないそれを目指すのはこれはまた反発を呼ぶことになるわけでございまして、ある程度の妥協を図る現状が理想に近いのではなかろうかなとは予想するわけでございます。
それが感情的に気に食わないから反発するとか統制するとか、権力を握って自分好みの世界に変質させてみたくなるとか、まあ、ある意味人間らしい発想ではあるかなとか予想するわけでございまして、自分勝手でわがままであるわけであるのであろうなとは想像するわけでございます、なんとも微笑ましい幼子の癇癪のようなものではなかろうかなとか、年長者目線で見てみるわけでございますが、少しむずかゆいものがございますね。
感情的に扇動しつつ大衆を意のままに動かし社会を変革させることができるかどうかというならば、これはできているのであろうかなとは予想できるわけでございまして、それが今をあまり変化させないで、声を出しているだけで、何かのついでに出来るだけであるならば、もしくは逆に声を上げているものを邪魔しないで無視しているだけで成せるならば、これは容認されるのであろうかなとか、余計な思考資源やら時間資源を使いたくないという本能に導かれているのであろうなとか、まあ予想するわけでございますが、それはよろしくないという意見の方も多そうではありますね、などと外野から観測しつつ今後のご活躍をお祈りいたしまして、おしまいです。
「勤勉であることと対話討論をすることは両立し得るのでしょうね」
「まず討論できるくらいに社会に余裕がなければならないのでしょう」
「盲目的に従うことが良いことかどうかを判断できる必要がありますな”旦那様”
そこを奪い続けることが統治のコツだったりしませんかね”奥様”」




