1570_混むと言う表現と実在の違いが。
待ち時間が発生している程度の意味合いであり、人が密に集まっている行列を作って並んでいるということではなくなっている可能性があるのではなかろうかと、飛沫や、微粒子が空気中に漂うことで観戦する病気の流行が流行っていく世界では、物理的に混雑するということを避けるようになってきているのであろうかなとか、言葉の意味が社会の変化によって変異していくとこは、これはまあ珍しくはないのではあろうかと、ぼんやりと想像しながら始まる今日のゴブリンでございます。
喃語からの幼児語も変異の仕方に環境差があるのであろうなと、この辺り調査をして情報を収集している方々は存在するのでありましょうかね。はい、それは聞き取れましたが、意味がちょっとわからないのです、怒らないでください。今日も元気可愛いですね。
心の動きを表現する語句が時代によってそれの示す内容を変えてくることはこれは珍しいことではなく、つまりは語感ともうしますか発音の連想にひきづられていくのであろうかなとか想像するわけでございます。そしてその連想もとはその当時に流行っていたものになるわけでございますが故に結構簡単に変わるものもあるのであろうかなとか予想するわけでございます。
数百年単位であるならば、そもそも発音を表記するやり口が変化している可能性もあり、そうは書かないでしょうというような文字の並びをしている、場合も多いのではなかろうかなとか、古語というものであるのであろうかなと、想像しているわけでございますが、結構早くに言語というものは変化していくのでありますれば、数年ですでに古語扱いとなるものもあるかもしれないと予想するわけでございます。
現代語がここから全て置き換わっていますよという形にはならないわけでございまして、徐々に徐々に、多くは世代が入れ替わるごとにそうなっていくように観察されるわけでございますが、この交代が早い分野ほど、古語が生まれやすいのではなかろうかなとか、予想するわけでございます。
基本全てにその意味が広め終わった後に変異するのであるならば、その速さを後押しするような技術が発達すればするほど、変化が早くなり古語の生まれる速度もまた増していくのであろうかなとか、予想するわけでございまして、それはおそらくは光の速さに近づいていくのではなかろうかなとか、予想するわけでございます。
その変化が早くなればなるほどに、速度がませば増すほどに、物理学でいうならば、力が増してくわけでございまして、一瞬で強大な破壊力をもってして行き渡ってしまう、そうなのですね、速さは力なのでありますね、と納得してしまうわけでございまして、正確さよりもそちらを優先してしまうような風潮はありそうでありますね、と感想を述べる次第でございまして。
正しさ、正確な伝達と、その速度は両立しないものであるのではなかろうかとかも想像できるわけでございまして、つまるところ人間側の処理速度が追いつかなくなってきている可能性が高いように観察されるわけでございまして、新しくて量が多い情報に溺れていると表現できるのではなかろうかなと、それほど目新しい比喩ではありませんが、あるわけでございます。
どうすれば良いのかという問いにはどうしようもないですね、と、伝達速度と発生頻度が増加の一途をたどっていることは間違いないわけでございますので、どこかで諦めが肝心なわけでございます、どこを捨てるのかすら選択の余地がないくらいに判断ができな場合も多そうでございますれば、そもそも自身まで届くかどうかすら不明であるならば、これはもう運としか言いようがないようなものでありまして、この辺り、大量の情報を処理しきれない現実を念頭に置いた行動が必要になってくるのであろうかなとかぼんやりと想像しつつおしまいです。
「そのあたりのややこしい所は神様が担当してくれる、これが宗教ですね」
「確率であることは確かですので、基礎を高めで母数で確保するやり口になります」
「他力本願寺とか表現すると洒落ていますでしょうか”旦那様”
良い結果を引く確率を上げる学習は必要ではありますな”奥様”」




