1559_角に、つのに、日記。
窓に何かが迫ってきている、もしくは今まさに覗いている、という情景を日記に書き残しておける状況というものは滑稽に見えるのではないだろうかという想像ができなかったのであろうか、いいやそれそのものが異常性を演出するために必要な技術として確立させていたのではなかろうかとか、書かずにはいられないような狂気に冒されていたとか解釈すると、これはこれで怖いものがあるのではなかろうかとか、ぼんやりと名作を思い出しつつ始まる今日のゴブリンでございます。
何かにとらわれると一見意味不明な行動をすることがございますな。本人のなかでは整合性が取れている可能性はありそうでございますが。今日も元気可愛いですね。
強い感情によって行動に不具合が生じてしまうということはそれほど珍しいことではないのであろうかなとかは予想できるわけでございまして、衝動的に何かをしてしまうということは、それほど珍しい出来事ではなさそうであるかなとか予想するわけでございます、であるならば、それはある程度防ぐことを考えるべきではなかろうかとか。
具体的には致命的な行動を起こすような場面を避けるわけでございまして、これは身近にそのような結果になりそうな道具を置かないということでございましょうか、衝動的な暴力行為を致命的なものにしないために、破壊力のある武器など、もしくはその代わりになりそうなものを側に置いてお書かないということでございましょうか。
片付けはそのような場合においても働く習慣であるのではなかろうかなとか予想するわけでございます。目につくところに何か投げつけやすいものを放置しておくという状況やら環境は、これは安全面上正しくないのではなかろうかというお話になるのではなかろうかなとか、予想するわけでございます。
怒りを制御せよ、とか言われてる場合も多いわけでございますが、歓喜やら悲観やら、狂気やらに冒された瞬間に危機が生じないように生活空間を工夫しておく必要が実はあるのではなかろうかなとか想像するわけでございます。自傷する場合もありそうでございますので、事故を含めて予防することが肝心であるのであろうかなとか想像するわけでございます。
しかし強大な力を持ったまま仕事をしている、もしくは生活をしている場合も結構ありそうでございますし、刃物を持たない生活は、これは料理を日常的に自炊していない人でなければありえないわけでございますし、またそれを使用せずに生活することが難しい方もおられそうではあります。
もしくは移動手段としての乗り物、それも自分の意思が思う存分働くようなものであったならば、それは容易に凶器になりえるわけでございまして、移動経路上の側に衝動的に衝突してしまいたくなる可能性もそれほど低いものではないのではなかろうかなとか予想するわけでございます。
体格差とかもありそうではございます、容易に覆すことができないことが発覚してしまった瞬間に、殺意を抱かないで、好奇心と申しますか、それこそ何でもないきっかけも何もない、ただそれができそうであるという状況であっただけで、それをしてしまうことが、これはありそうでございます。少なくとも全く事例がないとはならないのではなかろうかなとか予想するわけでございます。
思考の先と申しますか、そもそも考えてもいない可能性がござますが、連想したものを反射的に行為へと結びつけてしまう場合があるのであろうかなとか、もしくは頭の中で思い描くことと実際に行為に及ぶこととにあまり差のない人格の持ち主が存在するのではなかろうかなとか、刹那的なとか呼ばれるのであろうかなとか、ぼんやりと想像しつつ、おしまいでございます。
「衝動の余地を神様を想起することで埋めていくやり口もありますね」
「理性を学習させることも大切です」
「調教のようでありますな、それほど間違ってはいませんが”旦那様”
思考と行動の間に何かが必要になる場合も多いでしょうな”奥様”」




