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1515/2618

1515_社灰燼、斜築、散頸。

 世紀末的な表現とかを想像してしまうわけではございますが、そもそも世紀の終わりは定期的に巡ってくるものでありますので、それに退廃的とか、破滅的とか、滅亡やその後を連想するようになったのは、少し不思議な感じがいたします。末法とか阿弥陀如来がやってくる未来とかが微妙に混ざってきているのでありましょうか、とかなんとかぼんやりと想像しつつ始まる今日のゴブリンでございます。


 食べたらなくなるわけです。わかってなかったので、すごく悲しいのでありましょうかね?おかわりは、ありますが、夕食が入らなくなるので明日ですね。今日も元気可愛いですね。


 永遠には続かないということが救いになるということであるのでありましょうか、今が苦しいのでそのうちに遠い未来のこととしても楽になる、そのような希望を抱かせることによって、生きる力とさせている、のでありましょう、それはある意味詐術でありごまかしであるわけでございますが、わかっていてしているのであるならば、それは善意である可能性も高そうでございます。


 どうにもならない現実をそのまま的確に正確に伝えることが決して事態を好転させることにならない、こともあるのであろうかなと、最後にはなくなってしまうことが確定している人格にそのことをあらかじめ伝え続けておく、常に意識させておくことが、良い手段であることは少ないのであろうなという判断があるのであろうかなと。


 ただ、残り時間があると申しますか、浪費しているほど余裕はないのでありますよ、という意識は与えていた方が、終わり間際に後悔することを防ぐ役割があるのではなかろうかという予想もできるわけでございまして、そのあたり、塩梅が難しいのであろうかなとか予想するわけでございます。


 老いさらばえる前に、断ち切るように、なくなりたい、そのような希望を与える必要があるのでありましょうか、それは当人格にとっては好ましいのでありましょうが、客観的に観察するにいつ終わるのかが明確である精神的な苦痛が、徐々にそれに近づくことに取って代わっているだけの悪夢ではなかろうかとか、想像するわけでございます。


 綺麗に痛みなく終わることを意識させない仕組みが必要であり、そもそも肉体に依存している状況ではかなり難しいのではなかろうかとか。逆に肉体に依存している人格であるからこそ、終わりを明確に設定することが可能であるという言い方もできるのでありましょうか。


 偶然であると錯覚させて、優しく綺麗に、苦痛なく消し去ってくれるような仕組みが必要とされているのかもしれないとか想像するわけでございますが、それは組織的に、構造的になすことになると、歪なものになりかねないのではなかろうかなとか、単純に苦痛を取り除いて、眠るようにいなくなるやり口はそれほど珍しくはないわけでございますが、それを精神的な苦痛を無しにして、処方できる人格を育て上げることはかなり難しく、そこを仕組みとして組み立てることは共通の認識をずらすことになるのではなかろうかなとか想像するわけでございます。


 その人格が消えてしまうことに対しての価値観をどのように穏やかにさせていくのか、苦痛とともに思考を消してしまうのであるならば、それはすでに消え去ったものの抜け殻に過ぎないのではないのではなかろうか、そもそも他の人格にその意味を与えている主体はそれそのものではなく、観察している側であるわけでございますので、終わりを意識するものは周囲の環境ではなかろうかと、死生観の変革が進むことによって、ただ消え去るだけの人格がある種の尊厳、その受け取り方の合理性と言いますか、客観性、粛々とそれを受け入れるような心持ち、に変化していく、のかもしれないとか、まあ悲しみの変化になるのであろうかなとか、ぼんやりと連想しておしまいです。


「いつか終わることを受け入れるための道具としての宗教なわけであります」

「何かを残すことができるかもしれないと思考させることが学習です」

「良い思考停止なわけでありますな”旦那様”

 託すと言う幻想で今をごまかすわけでありますな”奥様”」

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