1463_千、角、ショ糖の神かくし。
領土問題は扱いに注意が必要なものであるようでございまして、迂闊な発言をいたしますと、信用が失墜してしまうとか厳しい対応を迫られるとか、対決せざるをえなくなったりするように観察されるわけでございますが、根本的な原因としては、言ったものが強いと、もしくは発言続けた方が強いとなってしまうあやふやな、国家間の関わりがあるのではなかろうかなとか、平凡な意見をぼんやりと思い浮かべるあたりから始まる今日のゴブリンでございます。
いつの間にか、遊び場所が増えているような気がします。そこはお仕事で使用しているところですので、おもちゃを広げないでいただきますでしょうか?今日も元気可愛いですな。
そこに人が存在していて、生活をしている、その状態が長く続けばそこはその人間が属する組織の所有しているものになる、という慣習がどうやらあるのではなかろうかなとか観察されるわけでございますが、後ろ盾がしっかりしている必要とか、ある程度の何らかの力があることが前提であるようには感じられるわけでございますが。
もしくは環境的に、歴史的に、状況的に手出しがし辛い場所に、同じく立場的に干渉することが難しい人材で持ってして占有してしまう場合もありそうではありますが、とかく、そこでの実勢を重ねることで、実効支配を達成しようとする流れはそれほど珍しいものではないわけでございまして。
親のさらに親の世代からそこで暮らしてきたのである、と言われると、法的な根拠がなくとも従わざるをえない説得力があったりするのであろうかなとか想像するわけでございますし、また、そうなるまで、他の組織、行政やら管理やらを担うそれでありますが、手を出さなかった事実が積み重なると、消極的に認めていたとみなされて、その場所の領有権がその住人やそれが所属する組織に移行する、こともそれほど珍しくなさそうでございます。
でございますので、迂闊にそこに住むことを認めるとか、またはそうすることで領地などを増やそうと試みる組織に対して、それを指摘することは、これは戦略上引けなくなる案件であるのであろうかなと、特に、実効支配と申しますか、世論とか、多数の人間の、共通認識を持ってして、そこを手に入れようとする方々にとって、その流れを邪魔するような存在は、そもそも認められないわけでございまして、激しく排除しようとするような反応になることは、自然な流れであるわけでございます。
もちろん、それと知っていてそのような発言をすることは、領地を保全して、自国など自分の所属する組織を保全するために必要なことでございますので、それこそ必要なものであるわけでございまして、そして、その土地の所有が何処にあるのかを認識する人々に、強く訴えかけていきまして、世論を味方につけておかなければならないことは自明の理であろうかなとか予想するわけでございます。
それほどしっかりとした根拠があるわけではないということをまず認識させなければならないのであろうかなと、そこにその組織に所属する何らかの人材が存在し続けなければ、領土は守られないことがあるということを、もしくは、繰り返し、その領有権を主張し、経済活動なり、政治的な、もしくは軍事的な活動を、万人にわかるように主張し続けなければならない、そのようなことを、前提条件として学習させておかなければならない、のであろうかなとか、想像するわけでございます。
現状は、どうしてそのような主張をしなければならないのかを知らない、組織などに所属する人々が過半数を超えている、可能性がありそうでございまして、この辺り、基本的な学習がなされていないのではなかろうかとか、想像するわけでございます。
もしくは善意をあまりにも全面に押し出してしまうような風潮を作り出してしまっているのであろうかなとか、それにしては細かい悪意が多いような気もいたしまね、とか、まあこの辺り、まだ時間がかかりそうな案件であるのでありましょうね、と他人事なのでおしまいです。
「神様が違えば、争いが正当化される、みたいなこともありますしね」
「みんな仲良くするには、まだ幼いのでしょうね」
「雰囲気で統制するしかない流れはまだ続きそうではありますな”旦那様”
幼年期の終わりは外圧を必要とするかもしれませんな”奥様”」




