1441_尼in temple 騎士、既視。
屁ではなく尼でございまして、似ているのはなんでなのでしょうかねとか、一緒にすると叱られてしまう可能生もあるわけでございまして。職業選択の自由があるはずであるのですが、女性のお坊さん、仏教のそれはあまり見ないような気が致します。需要はありそうな気がいたしますが、お葬式にて合唱するような坊さん達とか結構映像的に面白そうではございます、がなるほど面白いのではいけない場合が多そうではございますな、のっけから埒もない話題を提供していくところのゴブリンでございます。
髪の毛もだいぶ伸びてきましたね。刈り上げるにはちょっと躊躇するわけでございますが、じっとしていないので。前髪くらいは整えましょうかね?今日も元気可愛いですな。
文化的に馴染まないということはこれはあるのであろうかなとは予想するわけでございまして、そもそも懲罰的な役割を持っていたような寺院であったならば、女性が混ざることが目的にそぐわないという予想もできるわけでございまして、ある意味差別的な場所ではあるのであろうかなとか予想するわけでございます。
子孫を残す行為が欲深かしいということになることがおかしい、のではなくて、それにまつわる行為が快楽に過ぎるという見立てがあるのであろうかなとか、まあ、煩悩こそ悟りの境地であるとか言い切ってしまうやり口もあるわけでございますが、何事も極めてしまうと、それはそれで一芸となるやもしれないとか、適当なことを言葉にしてみるわけでございます。
そもそも快楽を得ることが悪いことであるというわけではなく、それしか求めないことが問題なのではなかろうか、が問題提起になっているわけでございまして、それらの欲を程よく捨てることで健康的な生活ができるのではなかろうかなどという予想を立てて、行動をしているわけでございます。
また、そのあたり乱雑に行為を行なっていきますと、病気の蔓延と申しましょうか、感染症が問題になってくる可能性が高いわけでございまして、そのあたりを自重できる社会やら文化やらを持ち得た集団が結果として長く続いてきているのではなかろうか、などという予想もあるようでございまして、これは、結構まっとうな動機ではなかろうかなとか予想できるわけでございます。
領域として性差を確保しておく思惑もあるのではなかろうかなという予想もできるわけでございまして、縄張りのようなものでございましょうか、仲間意識を高めることによって、会話に気を使わない、居心地の良い空間、対人関係を構築することによって、そこで、日頃の精神的な抑圧を解放するようにしているのではなかろうかなとかも予想できるわけでございます。
精神的な成り立ちからか、脳みその作りからか、対人関係においてどうにも合わない組み合わせは存在するように観察されるわけでございまして、それに対して、性的な枠組みで大まかに分けてまず分断しようとする、精神を安定させるための行動は、それほど珍しいものではないように観察されるわけでございまして、とりあえず半分にできるからこその行動なのであろうかなとか予想できるわけでございます。
もちろん、それだけではないのであろうかなという予想もできるわけでございまして、ようは、昔からの縄張りによそ者が入ってくることを、本能的に危険視しているというものではないかなとか予想するわけでございます。異邦人は厄介ごとを持ち込む、ことが多いように予想されるからだろうかなとか、想像するわけでございます。
単純に今まで分け合ってきた資源の取り分が減るという要因があるのであろうかなとも、予想できるわけでございまして、この辺りは、時間をかけてその意識を変革させていく必要があるかもしれないとか、いいえ、むしろ別にそれはそれで分断させた置いたままの方が、管理がしやすい可能性もあるかなとか、とかなんとかぼんやりと思考しつつおしまいです。
「子孫繁栄を標榜する宗教は多いですからね」
「好きな人と一緒になりたいは、固有の文化でしょうね」
「決まった相手を持ちましょうもセットですな”旦那様”
安全度が上がるからでありましょうからな”奥様”」




