デイドレス
クロードの追求から数日後、俺は学府の正門近くでエレノアを待っていた。
……え?クロードとあの後何を話したのかだって?……悪いが、最近胃痛が気になるんだ。やめてくれ。
ともかく、俺的にはさ、あまりエレノアばっかに構っていられないから、サクッと学内のテーラーで仕立てちゃおうかと思ったんだよね。って事を、いい感じにエレノアに伝えたんだけどさ。
「は……? 学内の仕立て屋……!? ルーク様、私にそんな制服の延長みたいな味気ないものをお贈りになるおつもりですの!? 伯爵家の令嬢がサロンで着るデイドレスですのよ!?」
「あ、はい。なんか、すみません……」
ってことで結局、俺たちは学園都市の貴族街へ向かうことになった。
この学術都市は公都から少し離れた場所にあるが、神胤諸公国連合の高位貴族の子弟が集まるため、街の一角には公都の老舗本店にも負けない高級メゾンや貴族御用達の店が軒を連ねている。
俺の家の紋章が入った馬車に、エレノアとエレノアの侍女と三人で揺られながら、俺は人知れず胃を押さえて溜息をついた。
当然だが、未婚の令嬢と男の俺が密室で二人きりになるわけにはいかない。進行方向を向く上座にはエレノアとその侍女が並んで座り、俺は進行方向に背を向ける下座でおとなしく縮こまっている。
ちら、と向かいの席のエレノアを見ると、どこかソワソワしながら嬉しそうに窓の外を眺めている。隣の侍女さんも「お嬢様が嬉しそうで何より」といった生温かい目を俺に向けていた。
なにはともあれ、可愛い(?)妹分のご機嫌が直りつつあるのは良いことだ。
馬車が到着したのは、シックな木目調と絹のカーテンで飾られた、貴族御用達の高級仕立て屋だった。
店主が恭しく差し出してきた分厚い生地見本帳を前に、エレノアは目を輝かせて悩み始める。
「冬のサロン着でしたら、ラッパ袖にして胸元に刺繍をあしらうのも素敵ですわね……。でも、この深みのあるワインレッドの絹地も捨てがたいですし、こちらのモスグリーンのウール生地も捨てがたいですわ……」
うんうんと真剣な顔で悩み始めたエレノアを見て、俺はかるーい気持ちで口を出した。
「悩んでるなら、両方で作っちゃえば? 二着とも俺が払うからさ」
「えっ……、 に、二着も……!? 駄目ですわルーク様、 いくらなんでもそんなにお金を遣わせるなんて……」
「いいっていいって。何も夜会用のドレスを仕立てようって話じゃないんだ。 これくらいなら気にするな」
俺は気前よく微笑んで見せた。
(……まあ、俺のせい、ってか、バルタザールのせいで卒倒しかけたんだからな。慰謝料代わりと思えば安いもんよ)
なんて俺の内心はつゆ知らず、なんか頬を染めて勝手に感動しているエレノアは採寸室へと消えていった。とりあえず、これで一安心だな。
エレノアを待つ間、ヒマになった俺はサロン内に飾られたジュエリーや小物のガラスケースを適当に眺めていたのだが。
――その時、ふと一粒の宝石が目に飛び込んできた。
ガラス越しにその宝石を見つめていると、『あいつ』の顔を思い出し、なんだか無性に胸の奥が温かくなって、自分でも顔の筋肉が緩んでいくのが分かった。
「……ルーク様? お待たせいたしましたわ。……ルーク様……?」
採寸を終えたエレノアが声をかけてきた。
なんだか妙に声が上ずっている。顔を向けると、エレノアは頬をぽっと赤く染め、どこか動揺したような、照れたような目で見つめてきていた。
「ん? 終わったかいエレノア。見てくれよこれ!」
俺はガラスケースを指差した。
「ほら、このサファイア! クロードの瞳と同じ色してるだろ! すっげー綺麗だなって思ってさ!」
「…………………………は?」
エレノアの顔から、一瞬で朱色が消えた。
さっきまでのご機嫌な雰囲気はどこへやら、その瞳からは光が消え、まるで氷点下の吹雪のような冷ややかな視線が俺に突き刺さる。
「……ルーク様」
「ん、ん? どうした?」
「……もう帰りましょう。お腹が空きましたわ」
「えっ、あ、うん……?」
帰り道の馬車の中は、お通夜どころではない重苦しい空気に包まれていた。
上座でプイッと窓の外を向いたまま、頑なに俺と目を合わせようとしないエレノア。
その隣では、侍女さんが冷や汗を流しながら、責めるような目線で俺とエレノアを交互に見ている。
「え、エレノア……? 気分悪くなった? どこか痛むのか……?」
「……別に。何でもありませんわ」
「あ、はい……」
さっきまであんなにご機嫌で嬉しそうにしてたのに、なんなのマジで!?
急に不機嫌になるとか、ホント、乙女心ってやつは難しすぎるだろ……




