冬服
時は経ち、学府に冷たい秋風が吹き始めたので、通例に違わず、俺も冬用の学士衣に衣替えをした。
この学士衣ってのは、実はあれこれルールがあってな。俺のような高位貴族だと、栗鼠や貂の高級毛皮を裏地に使えるんだが、その他の生徒は、せいぜい厚手の裏地を打つ程度しか認められていない。
そして、最下位の従属学生ともなれば…。
ふと見ると、中央庭園のベンチでコレットが凍えていた。
袖も裏地もない、ペラペラで粗末な学士衣姿で、かじかんだ手に息を吹きかけ、必死にバルタザールの代筆を書いている。
どうでもいいけどさ、本当に寒いなら、大図書館とか、屋内で作業すればよくない?
わざわざ人通りの多い中庭で作業して、「健気なわたし」アピールでもしてるのかなって勘ぐっちゃうわ。
(う〜ん……関わりたくない。関わりたくないが、あのままだと風邪ひくかもだしなぁ……)
そう思って胃を痛めていた矢先、取り巻きの女生徒たちを従えたエレノアが通りかかった。
そこで、俺の天才的頭脳に閃きが走る。ピコーン!ってやつだ。
俺は、誰もが警戒を解くであろう親しげな微笑(当社比)をたたえながら、エレノアに話しかけた。
「やあ、エレノア、今日も美しいね。……ところで、ほら、あそこのベンチに座っている従属学生、すごく寒そうじゃない? 女子の従属学生ってあの子だけだし、頼れる人がいなくて困ってるんじゃないかなぁ?エレノアみたいな素晴らしいレディなら、ノブレス・オブリージュの精神で、お下がりの冬服の一着や二着くらい、気前よく下賜してあげられないかな?」
エレノアは、じとっと、胡散臭い不審者を見るような半眼で俺をみる。ちょっと、つめたくない?
「はぁ? なぜ私が、平民の従属学生に……?」
「まぁまぁまぁまぁまぁ。ほら、その分、俺がエレノアに素敵なサロン着を一着プレゼントするからさ!」
「~~~~~~っ!?!?!?」
エレノアの顔が、一瞬でリンゴのように真っ赤に染まった。
「ま、まぁ……! ルーク様がそこまでおっしゃるなら……! 施して差し上げないこともありませんわ……ッ!あ、あくまで、貴族の嗜みとしての事なんですからね!」
なんか知らんが、モジモジと頬を染めるエレノア。まぁ、いっか。よし、ミッション終了!
……と安堵を得たのも束の間、後ろで控えていた取り巻きの女生徒たちが凄まじい勢いで色めき立った。
「お待ちくださいエレノア様! あんな名もなき従属生に、エレノア様が直接お洋服を下賜されるなんて勿体なさすぎますわ!」
「そうですわ! あの平民には私が代わりにお下がりをあげますので、エレノア様からの下賜は私にくださいませ!!」
「いいえ私です! 私があの者に冬服をあげるので、エレノア様のお召し物は私に下賜してください!!」
へぇ~。エレノアって、割と本気で慕われているんだな。でも、エレノアでこんな騒ぎになるんだから、クロードが……なんて話になったらとんでもない事になりそうだな。
「べ、べつに私は誰にあげても構わなくてよ……!」
ツンとすましながらも、まんざらでもなさそうなエレノア。
俺は心温まる(?)光景にうんうん、と頷いて、その場を後にしたのだった。
数日後。
俺の提案通り、エレノアがちゃんと対応してくれたことが判明した。
……学府の一般サロンで、大惨事が起きたからだ。
「おい! エレノア・フォン・ブロンディエル!」
サロンでお茶をしていたエレノアたちの元へ、ズカズカと大股で歩み寄っていく影――ネルドリンゲン公国の成金バカ男、バルタザールだ。
「な、なんですの急に……!」と身構えるエレノアに対し、バルタザールはガハハと豪快に笑うと、
「あんたの差配で、うちのコレットに温かい服をくれたらしいな! 悪いな、俺様が気づくべきところを助かったぜ!」
――ポンポンッ、と。
豪商育ちの遠慮を知らないデカい手が、エレノアの美しい金髪の頭にのび、やわやわと親しげに撫で回した。
「「「きゃあああああああ!?!?! エレノア様の御頭に何という無礼をーーー!!」」」
サロンに、エレノアを慕う令嬢たちの悲鳴が響き渡る。
「な……ななな、何をなさいますの野蛮人~~~~~~~!!」
エレノアは、顔を真っ赤にして激怒の末に卒倒寸前だ。
「あ? なんだよ、感謝してやってんのに?」と首をかしげるバカ一匹。
俺は、その現場を同じサロンの一角で眺めていたわけだが。
一緒にいたクロードは、不機嫌そうにサファイアブルーの瞳を冷徹に光らせ、静かに紅茶のカップを置いて言った。
「……騒々しいな。ルーク、場所を変えよう」
「お、おぅ……」
流石に心が痛むぜ。エレノアには、一着どころか、二~三着は買ってやらんといけないな。とか考えていたら、「ところで、ねぇ、ルーク」とクロードが話しかけてきた。
「ん?どした?」
「……エレノアに、デイドレスをプレゼントする約束したんだってね?どういうことか、ゆっくり聞かせてもらいたいな」
にっこりと微笑むクロードの瞳の奥で、いつか見た宵闇が静かに揺らめいていた。




