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親友

エレノアへの怒涛の平謝り行脚を開始して、二週間ほどが経った頃。

夕方、学生サロンからの帰り道。すっかり人気も減ってまばらな時間帯だ。


「ねぇ、ルーク」


いつものように並んで歩いていると、隣から優しく、けれどどこかじっとりと湿り気を帯びた声が降ってきた。


「ん?どうした?」


何の気なしに振り向けば、クロードがいつも通り『光の貴公子』の微笑みを浮かべている。


……だが。……目が。……目が。


普段のクロードは、ヴァルテンベルク家特有の鮮やかなサファイアブルーの瞳がきらめいているんだが、今日の様相は明らかに違う。


まるで曇りガラスのように濁り、光を失った色をたたえているのだ。


「お、お・お・お、おい……!本当にどうしたんだよ……!!」


思わずがっしりと肩を掴み、クロードの瞳を食い入るように覗き込んでしまった。


だって!俺の!自慢の友人の!宝石のように美しい瞳が!


「……最近、僕と一緒にランチを食べる時間が減ったよね? 図書室に行くのも一人だし、放課後の討論の準備も……」


「はぇ?」


あれ、そうだったか?まぁ、確かにそうだったかもな。エレノアに結構時間使ってるし。


「なんだか僕を避けているように感じるんだけど、僕、何か君に気に障るようなことしたかな……?」


「はぁ!? おま……、何言ってるんだよ……! 俺がお前を避ける理由なんてないだろっ!?」


えぇ〜、やだこの子! ホント、何言ってるのかしら! でも、かわいい!


思わず肩の力が抜けて、「ぷはっ」と吹き出してしまった。


――だが。


「……本当に?」


クロードの肩に乗せていた俺の手首が、ガシッと強い力で掴まれる。

そのまま強引に後退させられ、ドンッ!と壁際に押し付けられた。


「へ……? あ……、あの、クロード……さん……?」


クロードから、とんでもない『圧』が溢れ出している。なにこれやばい。


「僕と居る時間よりも、エレノアと話している時間の方が長い気がするんだけど…?」


クロードの美麗な顔立ちに、すっと濃い影が落ちる。


「……エレノアと、何をそんなに話すことがあるの? 僕と一緒に居るより、エレノアと一緒に居る方が……大事なのかな……?」


「ちょっ、待て、落ち着けって!」


やばい、ヤキモチかわいいとか言ってる場合じゃない!

マジでどうしちゃったのっ!?


「コホンッ! いいか、クロード。門戸は開かれているとは言え、女性が大学に通うのは風当たりも強いだろ? エレノアはお前の従姉妹だし、万が一のことがあってもいけないからな。曲がりなりにも侯爵家嫡男の俺がマメに声をかけていれば、周囲への牽制になるだろ?」


俺は、精一杯のキリリって感じの決め顔で言い放った。……のだが。


「理解の上で入学したのはエレノアだ。そもそも、入学したてならまだしも……なぜ突然、今更かまい出したんだい?」


わぁ!流石クロード、様子がおかしくても頭の回転はバッチリ正常!


「あー、それはだな……」


うっかり。最近多いな、うっかりが。

そう、言い訳を絞り出すために、うっかりクロードから目を逸らし、視線を上空へ泳がせてしまったのだ。その意味を見逃すクロードじゃないのに。


「ルーク」


俺の手首を掴む力がぐっと強くなり、クロードが半歩近づいてくる。

宵闇を感じるほど深く暗くゆらめく瞳が、至近距離まで迫る。


「ルークも、他のやつらと一緒なの?……僕に、嘘をつくの?……僕から、離れていくの……?」


(クロードの! 友情が! 重い!!!!!!!)


叫んで逃げ出したい衝動を必死で抑え込み、俺は腹を括った。


迷いを捨て、まっすぐにクロードを見つめ返し、力強く伝える。


「クロード! 俺の友達……いや、【親友】はお前だけだ!!」


そして、ふっと切なげに表情を歪ませた。


「クロード……俺は、お前とはいつでも心が繋がっていると思っていたんだが……俺の思い違いだったんだな。ちょっと離れただけで崩れ去る程度の関係だったのか……」


少しうつむき、しおらしく鼻をすする演技まで添えてみる。

どうよ、クロードさんっ!


―― すると、一瞬の静寂の後、ふっ……と手首を縛り付けていた力が消えた。


前髪の隙間からちらりと盗み見ると、クロードの瞳は、いつもの俺が大好きなきらきらに戻っていた。


「ルーク……ごめん。僕……」


「いい、いいって! 俺も寂しい思いさせて悪かったよ。なっ? 今のことは忘れて、お互い水に流そうぜ!」


「ふふっ、僕はルークの気持ちが知れて嬉しかったから、忘れたくないけど……」


とりあえず、クロードがいつものクロードに戻ったようで、ほっと胸を撫でおろす。


「そ、そうか。それは光栄だな……ハハハ……。ほら、もう帰ろうぜ」


俺が冷や汗をぬぐいながら歩みを進めようとすると、学士衣(アカデミックガウン)の袖をきゅっと掴まれた。


「どうした?クロード」


「ルーク、今日久しぶりに、うちに泊まりにおいでよ。……いいでしょ?」


首を傾げたクロードの瞳の奥で、宵闇が静かに揺らめいた気がした。


「あ、ハイ。ぜひ、お邪魔させていただきます」



俺は心に強く誓ったね。


将来結婚したら、絶対に浮気なんてしないぞ、ってな……。


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