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星瞳の滴 - 前

前回の旧薬草園騒動から一ヶ月が経った。


そろそろ次の仕事が来る頃かな、なんてクロードと話をしていた矢先、案の定シリル委員長からの呼び出しがかかった。


通常、奉仕活動の役割分担は掲示板で発表され、生徒が各々確認する仕組みになっている。

だが、俺たちの場合は立場が特殊だ。委員長としても、俺たちを特命で動かしていることを大っぴらにしたくないのだろう。いつも同じ人物(申し訳ないが名前は知らない)が、息を切らせて直接声をかけにくる。

これが毎回、なんだか悪いなと思ってしまう。なんせこの大学、敷地面積がバカみたいに広いのだ。おまけに学生がどの講義に出るかも自由だから、探す側は相当な苦労をしているはずだ。

まあ、クロードは存在自体が目立つ『ランドマーク』みたいなものだから、他の生徒よりは見つけやすいのかもしれないが。


とにかく、そんなこんなで学士会館二階にあるシリル委員長の執務室へ向かっていた、その時だった。


「クロード様っ!!」


突然、通路の角から現れたエレノアがクロードの前に立ちふさがり、じぃーっと無言でその目を見つめ始めた。


「……エレノア、何か用事かい?」


クロードは微笑を崩さないが、割と内心困惑してるな、これ。


問いかけにも答えず、エレノアは瞳を極限まで見開き、ただただ無言でクロードの顔を見つめ続けている。


なんだこれ。何の時間だ?


「エレノア、僕たちはこれから学士会館に向かわないといけないんだ。急いでいるので、通ってもいいかな?」


返事はない。ただ、見つめている。

こいつ、クロードのことが好きすぎるあまり、とうとう情緒が壊れたのだろうか。


「――エレノア、君の瞳、今日はいつもより輝いて見えるね?」


クロードはクロードで、突如ポエミィな褒め言葉を口にし出した。こいつなりに「ニブニブ鈍感BOY」からの脱却を目指しているのかもしれないが、今じゃないだろ。二人きりの時にやれ。


すると――。


「きっ、きゃあぁぁっ!? やりましたわ! わたくし、ついにやりましたわーっ!!」


エレノアは両頬を真っ赤に染め、歓喜の悲鳴を上げながら嵐のように走り去っていった。


「……おいおいクロード。お前にプロポーズでも成功させたみたいな興奮ぶりだったけど、大丈夫か?」


「うーん?……いや、気の所為か。とりあえず、委員長のところに向かおう」



「やぁやぁ!お呼び立てしてすまないね。実はなかなか大変困った事態でね。ちょっと学園都市の方で異変が起こっているようなんだ。このままだと、生徒も巻き込まれかねない。いや、もう巻き込まれている生徒もいるかもしれないね。とりあえず、緊急事態だから、ちょっと女装してくれないかな」


「――――はい?」


「女装だよ」


「えっと……『ジョソウ』というのは、除草(草むしり)をしてほしいって事ですか?」


「はっはっは、ルーク君は面白いね。君たち二人に女性向け(レディース)の服を着用して、ヘアメイクをして欲しいってお願いしているんだよ」


俺は、この若さで耳がおかしくなったのかもしれない。帰ったら執事に言って医者の手配をしないといけないな。


「……シリル委員長、僕たちが女装をしなければいけない事態が発生した、という事は理解しました。まずは、そのご懸念されている学園都市の異変について、お伺いさせていただいても?」


クロードは一切動揺を見せずに、依頼の核心を確認している。


「おやおや、そう言えばそっちの話していなかったっけ? 失敬、失敬。ボクってばせっかちで困っちゃうよね。でもさ、ボクだって副委員長不在にしてはよくやってると思わない? 自画自賛? でも、二人ももう直ぐ帰ってくるからね。そうしたらボクの負担も減るかもね? あはは、全然期待できないや。おっと話が逸れちゃった。実はさ、この学園都市に住む一部の貴族令嬢やご婦人方がね、お人形さんみたいになってしまっているんだよ」


「お人形さん……?」


俺はとりあえず女装の話は脇に置いて、シリル委員長の本格的な話に耳を傾けることにした。


「そう。異変は羞明(しゅうめい)から始まったんだ。それから徐々に感情や自我が欠落し、最終的には暗い部屋の中で生きたお人形さんの様になってしまう。ボクの調査では、被害者は今のところ八人だ」


「……被害者、という事は、病気の類ではなく人為的なものである、と」


「ご明察! 被害者に共通するのは症状だけじゃなかったんだ。とある目薬を利用していたんだよ。その名も『星瞳(せいどう)の滴』という、馬鹿みたいに高額な目薬だ。学生に被害が確認できていないのは値段の問題もあるんだろうね。その目薬を差すと、瞳が夜空のように美しく輝き、異性を魅了(チャーム)する効果があるっていうので――」


――『エレノア、君の瞳、今日はいつもより輝いて見えるね?』

 

脳裏に、先ほどのクロードの言葉がフラッシュバックする。くそっ! ニブニブ鈍感BOYとか言ってる場合じゃなかった!


「クロード!さっきの!」


「ああ……。やはりあの瞳、見間違いではなかったのか……!」


クロードも流石に動揺しているようだ。自分を慕うがあまりに従姉妹が廃人になってしまうなど、たまったものじゃない。


「……キミ達の反応を見るに、もしかして、生徒に被害者が現れたのかな?」


委員長も表情こそいつもの笑顔ではあるものの、自身の管理下(城)にちょっかいを出された怒りを滲ませている。


「先ほど会った……女生徒の瞳に、違和感を感じたのです。様子も少々……。そうか、魅了(チャーム)……。少なくとも、先ほどは光を眩しがる様子はありませんでした。まだ使い始めたばかりかと思います」


「委員長、俺、その子を探して、止めてきます。クロードからは、絶対に指摘されたくないと思うから……」


「ああ、早い方がいい。クロードくんとは依頼の詳細を詰めておくから、行っておいで」


俺は身を翻し、先ほどエレノアが走り去った方向へと急ぎ駆け出した――。




俺は南門のアーチをくぐり抜け、南区画へと急いだ。良家の子女が多く通うこの大学敷地内を駆けずり回るような悪目立ちは本来したくないところだが、そんなことを言っている場合ではない。


正門の方向へ走り抜けると――居た! エレノアだ。


「おいっ、エレノア!」


「えっ……あら、ルーク様?」


「ちょっと来い!」


俺はエレノアのサッチェルバッグをひったくるように掴み、彼女の腕をとって強引に、人気のない警備隊詰め所の裏手へと連れ込んだ。その間もエレノアがずっと文句を喚いているが、俺は怒りにも似た焦燥感で落ち着いて説明をする気にもなれなかった。


ここなら人も来ないだろう。そう踏んだところでエレノアの手を放し、バッグを地面に置いた。


「な、なんですの急に! いくらルーク様といえども無礼ですわよ! こんな人気のない場所に――」


文句を捲し立てるエレノアの言葉を遮り、俺は逃げ道を塞ぐように手近な壁へと彼女を追い詰めた。ドン、と勢いよく壁に腕をつき、そのまま右手の指先で彼女の小さなあごを掬い上げる。強引に顔を上向かせ、逃がさないよう至近距離でその目を覗き込んだ。


「ル、ルーク様……っ!? い、いけませんわ、私には心に決めたお方が――」


相変わらず文句を言っているエレノアを無視し、さらに顔を近づける。左手を彼女の後頭部の柔らかな髪に添え、その目元へ視線を集中させた。至近距離で、じっと瞳孔の状態を観察する。


なるほど、『瞳が夜空のように美しく』とはよく言ったものだ。瞳孔が異常なほど散大している。瞳孔の黒に光が反射し、その輪郭をエレノア本来の瞳色である鮮やかな黄金が縁取っていた。


ふっと、耐えかねたようにエレノアが固く目を閉じた。長くて綺麗なまつ毛が細かく震えている。

これでは瞳の確認ができないが、もう十分だ。間違いなくあの薬を使っている。


「エレノア、目薬を出せ」


真っ赤に顔を染めたエレノアが、ゆっくりと目をあけた。呆然とした、きょとん顔だ。


「え……?」


「目薬だ、目薬! お前、ヤバい薬を使ってるだろ! どこで知った? どこで手に入れたんだ!?」


「ひっ……! な、そんな大声を出さないでくださいまし!」


「いいか、冗談で言ってるんじゃない。『星瞳(せいどう)の滴』とかいうのを使ったんだろ? あれは使い続けると、そのうち光を直視できなくなり、最終的には自我を失って廃人になる危険な薬なんだ! 既に被害者が何人も出ている!」


「な……なんですって……? うそ……そんな……」


「お前がクロードに振り向いてほしいのは知ってるよ。だからって、こんな怪しい代物にまで手ぇ出すなよ……。お前に何かあったら、クロードだって困るだろうが」


俺はやるせない気持ちで、己の髪を乱雑にかき揚げた。


「高価な代物だとは聞いているが……没収せざるを得ない。それと、詳しく入手した経緯を教えてくれ。頼む、エレノア」


エレノアはみるみる顔色を蒼白にさせながら、腰元の革ポーチから小さな薬瓶を取り出した。そして、絞り出すようにぽつりぽつりと話し始めてくれた。


五日ほど前、とある令嬢から密やかに紹介されたこと。

特別な完全紹介制で、紹介者は二人までしか『星瞳の会』という極秘サロンに連れていけないこと。

昨日その会があり、本日一回だけ使ってみたこと。

サロンの場所は、その時は平民街の隠れ家だったが、開催ごとに毎回場所が変わるらしいこと。

魅了(チャーム)の効果など眉唾だと思っていたし、仮に効果があってもクロード相手に通じるとは思っていなかったこと。

……それでも、一縷の望みを捨てきれなかったこと。


なるほど。表立って派手に宣伝をしていたわけではないのだ。

そして招待された側も、希少性と特別感を維持するために口を閉ざしていた。仮に体調不良者が出たとしても、体面を重んじる貴族社会では、身内が正気を失ったことを大っぴらに公表することなどまずない。こうして、目薬による健康被害が誰にも知られずじわじわと広がっていったのか。


「エレノア、誰かにこの薬を紹介したりしていないか? 他に使っている生徒の名前は分かるか?」


「……紹介していただいたご令嬢だけですわ。昨日の極秘サロンも、その方と販売者の三名だけでしたの。……どこかで同じ目薬を使っている人に気づいても、お互いに話題に出してはいけないとか、入手するのに色々と厳しい誓約がありましたのよ」


「ありがとう、エレノア。実は今、俺とクロードでこの事件の調査に当たっているところなんだ。辛いとは思うが、まだ騒ぎを大きくしたくない。内密にしていてほしい。……できるか?」


「……わかりましたわ」


「ちゃんと医者にも診てもらってくれ。何か少しでも異変を感じたら、すぐに俺かクロードに言うんだぞ。……今日はもう帰れ。明日以降、学士会から改めて聴取があるかもしれないが、お前はあくまで被害者だ。お前の立場が悪くならないよう、俺からも絶対に掛け合うから」


俺は、意気消沈するエレノアを正門まで送り届け、委員長の執務室に戻っていった。



◇



「――というわけでして。本人の精神的負担も考慮し、本日は俺の独断で帰宅させました」


俺の報告を聞き終えたシリル委員長は、指を組んでふむと頷いた。


「うん、今日のところはそれで正解だよ。ただ、彼女……クロード君の従姉妹殿には、申し訳ないけれど今後の調査にご協力を仰ぐのが一番スマートかな。……ああ、ルーク君が席を外している間に、クロード君には説明済みの話なんだけどね。今回の件、どうにも目的が見えてこないのだよ。なぜこの学園都市なのか? なぜ対象が貴族の婦女子限定なのか? だからね、君たちには直々に潜入調査をしてもらいたいのさ」


意図的に忘れていた事だけど、すっかり忘れていた。

そうだ、この変人委員長、さっき狂ったことを言い出していたんだった……!


「そこでだ。君たちには可憐なご令嬢になりきって、そのサロンに参加してほしいんだよね。ちょうど従姉妹殿の枠が『二人分』空いているのだろう? これはもう天の思し召しとしか思えないね。さすがは二大侯爵家の嫡男が揃っているだけのことはある。神の寵愛の深さが身に沁みるよ。『神胤(しんいん)』とはよく言ったものだね。ははは!」


「いやいやいや! ちょっと待ってくださいよ! 俺たち、男の中でもかなり高身長な方ですよ!? 可憐なご令嬢って……何言っ、はは……おいクロード、お前も何とか言えよ!」


助けを求めて視線を向けると、クロードは眉一つ動かさずに淡々とした声で言った。


「現時点では、代替案を提示する根拠が乏しい。シリル委員長には何か秘策があるらしいからな、まずはそれを見てから総合的に判断しようかと。……それに、純粋に楽しそうだ。ルークの女装というのも、一度見てみたい」


「お前〜〜っ!! 普段はやれ効率だの、やれ合理性だの言ってるくせに! なんでこんな変なところで無駄な遊び心を出すんだよ〜〜っ!?」


俺の絶叫を涼しい顔で受け流しながら、シリル委員長は楽しそうに書類をまとめた。


「とりあえず、従姉妹殿への事情説明はボクからさせてもらうよ。君たちには後日改めて潜入調査の手順を指示するからね。今日から一週間はいつ呼び出されても動けるように、スケジュールだけはしっかり空けておいておくれ」



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