旧薬草園の怪 - 後
シリル委員長から依頼があった日の翌朝。俺がクロードの屋敷の門前に待機していた馬車に乗り込むと、既にクロードがシートに腰掛けて待っていた。軽く挨拶を交わして馬車が走り出すと、俺たちは昨日の報告を始めた。
「夜間入館許可証は、問題なく手配したよ。それと、旧温室の鍵の持ち出し記録も調べたが、長らく誰の名前も記されていなかった」
「少なくとも、正規の手続きで出入りしているヤツは居ないって事か。俺の方だが、リュシアンさんにはお願いしておいたよ。今日はロッジに居てくれるって」
「それは助かる。僕らで解決する予定ではあるが、学生の身分では融通のきかない事もあるからね」
「あとさ、リュシアンさん『ガレ商会』って名前に引っかかってたな。何か聞いたことがある気がする、って」
「……何か分かったかい? こっちは収穫なしだった」
「いや、思い出しそうで思い出せないってさ。単なる記憶違いかもしれないけどな。うちでも執事に軽く調べさせたけど、完全に空振りだったよ」
「やはり、特に新しい情報は出てこないか……」
「まあ、夜にサクッと終わらせちまおうぜ。一回見回りに行くだけでいいって話だし、何も出くわさないかもしれない。……あ、そういえばリュシアンさん、ひどいんだぜ?『旧薬草園を更地にすれば終わるだろ』なんて言い出すんだから」
俺が呆れ気味に笑うと、クロードは真剣な顔で顎に手を当てた。
「更地……。確かに、その通りだ」
「おいおい、クロードまでリュシアンさんの暴論に賛成すんのかよ……」
「そうじゃない。危険な廃墟は早急に取り壊すべきなんだ。なぜ、今まで放置しておく必要があった? 学士会は学園の予算枠を握っているんだよ。『金がないから放置している』は言い訳にならないと思わないかい?」
「あー……。そう言われてみればそうだけどさ。単に優先順位が低くて後回しになってるだけじゃないか? 深く考えすぎだと思うぞ」
「……確かに、僕の考えすぎかもしれないね。まあ、余計な推測をするより、今夜この目で確かめるとしよう」
◇
そうして迎えた夜の22時。俺たちはシリル委員長が指定した時間帯に、再び大学にやってきた。
レガリア大学の敷地は広大だ。南側の正門から、俺たちが目指す北区画の旧薬草園まで、構内を縦断するだけでゆうに徒歩20分はかかる。ひとつの街がそのまま入っているような広さだ。
昼間なら大講堂や講義棟の周りに行き交う学生の姿があるが、この時間となると人影は皆無だった。靴音だけがやけに遠くまで響いて、普段の大学とは別の場所を歩いているような気分になる。
たまに巡回中の警備隊とすれ違うものの、シリル委員長が話を通してくれたのか、呼び止められることすらない。
「なんだかんだ言って、委員長さんって本当に優秀なんだろうな。……好きにはなれないけど」
俺の言葉に、クロードはくすくすと上品に笑った。
「『政治手腕だけで就いた委員長』とリュシアンさんは言っていたけれど、その政治手腕を振るうにも相応の才覚は必要だからね」
「そりゃそうかもだけどさ。いかんせん、今のところ『奇人・変人』って印象が強すぎて。事務系の手配とか気の利いた事されると、違和感っていうか……」
「ルークの言いたいことも分かるよ。そうだね、今日の『特別依頼』の結果で、彼の本質が少し見えるかもしれない。……楽しみだな」
「俺はあんまり知りたくもないけどなぁ。……っと、そろそろ旧薬草園エリアだ。警戒し始めようぜ」
『旧温室で、夜な夜な不気味な光や妖しい香りが漂う』
ふと、シリル委員長の言葉が脳裏に浮かんだ。
昼間に歩いたのと同じルートを、クロードが出してくれた小さな魔力の光珠を頼りに進む。立ち並ぶ木々の隙間から、古びたガラス張りの大きな温室が見えてきた。
そして――その温室は、うすぼんやりと妖しい光を纏っていたのだ
「ルーク……!」
「ああもう、面倒くさいことになってるなぁ……」
「光を最低限に落とすよ」
「だな。さて、鬼が出るか蛇が出るか、だ」
ここからは息を潜め、音を殺して旧温室の扉付近へと近づく。
『おい、鍵が開いているじゃないか』
『ということは、今室内にいるのは人間――鍵がないと入れない存在だね。精霊や魔獣の類じゃなくてよかったよ』
『そういうのを恐れる方だったか、お前?』
『学士会員が裁ける対象である方が、効率的で好ましいじゃないか』
『今気にするべきとこって、効率の問題か……?』
まあいい。とっとと中を改めて、侵入者がいるならとっ捕まえればいいだけだ。
『とにかく、3カウントで踏み込むぞ』
『わかった』
『3……2……1』
「監察委員会だ! 室内にいる者は手を頭に乗せ、床に膝をつけ!」
「んっ、きゃっ……、わきゃぁっっ!!?」 ガシャンッ!!
踏み込んだ瞬間、驚きに満ちた悲鳴と、複数のガラス容器が派手に割れる音が旧温室内に響き渡った。
「な、なんだこの部屋……!?」
室内に満ちていたのは、頭がクラクラするほど濃厚で甘い香りだった。そして何より異様なのは、部屋いっぱいに生い茂るヘチマに似た巨大な蔓植物が、生き物のように蠢いていることだ。
「きゃーーっ!!こぼしちゃった!なんてことっっ!!」
声の主は一人だけのようだ。素早く室内を見渡しても、他に人影は見当たらない。
「どうやら、彼女が『噂』の原因のようだね」
「ああ。なんか俺たちのこと完全に無視して騒いでるけどな」
見れば、作業台の前にいたローズブラウンヘアーの女性が怪しげな液体をこぼしたらしく、服のあちこちから桃色の蒸気が立ち上っている。
すると次の瞬間、一際太い蔓が、彼女の足元から蠢きながら巻き付き、そのまま宙へと持ち上げた!
「きゃーーっ!? いやぁーっ!!」
蔓は彼女の服に染み込んだ謎の液体を求めるように、うねりながら執拗に絡みつき始めた。
「えーっと……これ、どうするクロード?」
「……」
クロードは俺より一歩後ろへ下がると、妙に姿勢よく温室の入口に向き直った。
やれやれ、仕方ないな。俺は宙吊りで騒ぐ女性に向かって大声で呼びかけた。
「あのー、あなたここで何やってるんですかー?」
「いやっ、ちょっとだめ、そこは、あっ、あっ!」
「あなた、ここの学生ですかー? あと、あまり足をバタつかせると、スカートの中身が丸見えですよー!」
「ちょっと! あなた、助けなさいよっ! 見れば状況くらいわかるで……しょぉっ!」
「今のところ、あなたが助ける価値のある人物なのかわからないのでー!」
「この、天才の、わたしに、価値がないわけ……あぁっ!」
「とりあえず、お名前教えてくださーい! そうしたら蔓から助けてあげてもいいですよー!」
「くぅっ! わたし、わたしの名前はマルグリット……、マルグリット・ガレよっ!!」
ガレ……って、あの箱に書いてあった名前じゃないか!
「早くぅっ! はやく降ろしなさーい!!」
まあ、このままじゃマトモに話もできないか。
俺は、軽く血統魔術を行使した。
すると途端に力を失った蔓はぐったりと萎れ、彼女は床へとドサリと落ちた。
なんてことはない。ヴェルディエ侯爵家は、光を抑え、吸収する能力に長けている。魔導植物が活性化のために蓄えていた光属性の魔力を、一時的に奪っただけの話だ。
腰を抜かして息を整えている彼女を見下ろしながら、俺は尋ねた。
「それで、ガレさん? あなた、こんなところで一体何やってたの?」
「ふんっ! そんなの決まっているでしょう! 大天才にして美の伝道師である私が、崇高なる使命を全うせんと励んでいたのよ! 天才とはいえ努力を怠らない……正に私こそが美の体現者!」
ダメだ。自画自賛が多すぎて要点がさっぱり見えてこない。
その後、どうにか自画自賛の合間から事情を聞き出した。
マルグリット・ガレ。モルダウ公国で高級サロンやスパを展開する『ガレ商会』の令嬢で、二年前までレガリア大学の上位学部に在籍し、薬相理論と毒物学を修めていたらしい。
卒業後も研究を続けるため、在学中に自分の試作品へ心酔していた学士会員を抱き込み、旧温室の合鍵を入手。以来ここを勝手に調合室として使い、学生街の女性たちを相手に試作品のモニターテストまでしていた。
……なるほど。不法侵入者としては、だいぶ分かりやすい。
「ねぇ、ルーク」
「おっ、復活したか。どうしたクロード?」
「彼女の話、似ていないかい? ほら、以前の巡回の時の……」
「巡回……? ええと、あの日はまず最初にエレノアに会って……。あっ! そうだ、エレノアの話だ!」
二ヶ月ほど前、奉仕活動で夜の学生街を巡回していた際、エレノアと出くわした時のやり取りが脳裏に蘇る。
あの時、エレノアは言っていた。
『大学の卒業生が主宰する、会員制の美容サークルに入っている』と。
その会長は薬草学のエキスパートで、手作りの美容品を会員に配っていること。そして、かなりの気まぐれであることも。
「ちょっと、ガレさん。あなた学生街で会員制サークルとかやってる?」
「ふふん。私のカリスマに集いし可憐な花たちのことかしら? 女性は須らく美しくあるべきよ。そして、圧倒的な才能を持って生まれてしまったからには、私にはそれを世に見せつける責任があるの! そう、これこそがハーモニー!」
「……じゃあ、エレノア・フォン・ブロンディエルって知ってるか?」
「あら、エレノアちゃんね! 彼女はお得意様よ。意中の方がいるのに全く相手にされていないらしくてねぇ。それでも『少しでも振り向いてほしいから』って懸命にお手入れに励んでいるのよ。はぁ〜、健気よねぇ! そんな乙女心に気づかないニブニブ鈍感BOYがいるなんて、どんなおマヌケな顔か拝んでみたいわ。でもやっぱり、乙女にとっては恋こそが一番の美容液か・も・ね」
マルグリットはうっとりと頬に手を当てて宣う。
「……だってよ、ニブニブ鈍感BOY」
「あ、あぁ。ははは、参ったな……」
さすがのクロードも、突然の流れ弾に気まずそうに視線を泳がせてる。
「しかしなぁ。俺たちの仕事の落としどころとしては、どうすればいいんだ?」
「僕たちの仕事は、あくまで『巡回』だ。……しかし、そうだね。いや、待てよ」
クロードが何か思い当たったらしく、すっと表情を切り替えた。
「ガレ女史。僕たちには、学府に不法侵入したあなたを裁く権限があります。ですが……天才であるあなたを引き込んだのも、学府関係者である事実を考慮せねばならない。いや、むしろ、天才であるあなたの功績を称えるべきだと僕は思いますよ」
「そうよ!私は天才!称えなさい!崇め奉りなさい!おーっほっほっほっほっほ」
クロードの「天才」連呼にすっかり気を良くしたのか、ガレさんは胸を張り、高らかに笑い始めた。うるさ。
「当然のことです。ですので……思いませんか?天才のあなたに、このような打ち捨てられた廃墟が相応しいでしょうか? 少なくとも、僕にはとてもそうは思えません。いかがでしょう。貴方の天才的な能力が遺憾なく発揮できる『相応しい場所』をご提供しますので、こちらの鍵は一度僕にお預けいただけませんか? 移動先が見つかるまでは、この場は僕たちが責任を持って管理させていただきますので」
「あらぁ! あなた、よく分かっているじゃない! んん〜? あらあら、よく見ればふたりとも、男の分際で私の美容品を使うに値するかわいこちゃんじゃないの! やはり私の素晴らしさを理解できるのは美しき人間だけね! はい、これが鍵よ!」
「ありがとうございます。さて……あなたのような稀代の才能を、お一人でお返しするわけにはいきません。馬車でご自宅までお送りしましょう。その道中、美しき才媛であるあなたのこれまでの偉業を、すでにあなたの才能の下僕となった僕に、ぜひお聞かせ願えませんか?」
クロードのやつ、よくもまあ平然とガレさんの気を惹くような言葉をつらつらと並べ立てられるものだ。軽く引くぞ、俺は。
……だが、クロードのこの見事な話術のおかげで、これまでに試作した品や顧客名簿、販売ルート、魔導植物の研究内容、そして送り届けたことで彼女の居住地まで、全ての情報をあっさりと手に入れることができた。
「……お前も、よくやるよな」
馬車を降りたあと、夜風に当たりながら俺が呆れ気味に呟くと、クロードは事もなげに微笑んだ。
「言葉だけで人を動かせるなら、コストもかからないからね」
やれやれ。とりあえずこれで、今夜の任務は完了だ。
明日、シリル委員長にこの成果を報告すれば終わりだな。
◇
巡回の翌日、午後三時。俺はクロードと連れ立って、シリル委員長の個人執務室に来ている。
余談だが、今日の朝一でリュシアンさんに昨夜の巡回報告はしておいた。リュシアンさんが「ガレ商会」の名前に聞き覚えがあったのは、いつかどこかで一緒に過ごした女性がピロートークで「一度は行きたい憧れの高級スパサロン」がどうのって話をしていたかららしい。俺の報告のおかげで思い出せてすっきり満足していたけど……しょーもな!!
「やぁやぁ、どうだったかい、人気のない深夜の大学は? 君たち『特命委員』のエチュードとして気に入っていただけたかな?」
切れ長の目を細めて笑顔で迎えてくれる委員長さんは、相変わらず胡散臭さ全開だ。俺はとりあえず、いつもの「クロードに全任せモード」でおすまし顔を決めている。
「ええ。人気がないかと思っていたのですが、旧温室は卒業生の女性研究者が不法占拠をしていました。ですので、明かりや匂いは噂ではなく事実でした。引き入れたのは、すでに卒業済みの元学士会員のようです」
「おやっ! なんと、卒業生が夜間の大学に入り込んでいたとは! う〜ん。しかも学士会のメンバーが協力していたとなると、当時はボクが委員長じゃなかったとしても、ボクが怒られちゃうのかな〜? どう思う? 中央広場で謝罪会見必要? 石とか投げられたら泣いちゃう自信あるんだけど?」
「こちらが、元学士会員が作成したらしき旧温室の合鍵です。この件は、フェロー・リュシアンに巡回を無事終わらせた報告をしたのみで、誰にも話していません」
「あ〜! よかった! ボクが委員長不適切だって、君たちに大学中で言いふらされているかと思ってヒヤヒヤしちゃったよ! だって君たちにその気がなくとも、サロンや食堂でちょっと大きい声で話せば、大喜びで拡散する生徒が沢山いるんだからさ!」
「ご安心ください。今後も不用意に『特別依頼』の話を学内でするようなことが無いよう配慮します。侵入者の身元は、モルダウ公国の『ガレ商会』会長の御息女、マルグリット・ガレ。彼女の学園都市内の居住地は押さえてあります。彼女の侵入目的は、商会で扱う新商品の研究のため。旧温室にあった彼女の研究結果および資料は、一切持ち出していません。彼女は温室内で蔓状の魔導植物を育てていました。特定の成分への過剰反応がみられたので、温室内を調べる場合にはご注意ください」
「う〜ん、後片付けは全部ボクに丸投げかい? って、そうか、ボクが巡回だけしてくるように頼んだんだった! これはボクの失態だね。今から追加で仕事を頼むのは忍びないから、よし、後は任せておくれ! 他に何か彼女から聞いたことはあるかい?」
「軽くですが、これまでに試作した品や顧客名簿、販売ルート、魔導植物の研究内容といったところです。彼女を家まで送り届ける間に聞き取れた範囲なので、一部の情報ですが。……書面で提出しますか?」
「いや、一部の情報しか取れていないなら、その断片的な情報が先入観になるかもしれない。彼女の取り調べは改めてボクが行うから、彼女の住処だけ教えておくれよ」
「はい。――――です」
「うんうん、よしよし。ありがとう、ありがとう。これで今回の一件は落着したね。さぁ、ボクも仕事が増えたので、報告はここまでで結構。さようなら、また頼むよ」
――バタン、と。
重厚な学士会委員長室のドアを出て、俺は大きく伸びをした。
「いや〜、終わった。別にたいしたことしてはいないはずなんだけど、なんか疲れたな」
「とりあえず、シリル委員長の意向には沿えたと思うよ」
「委員長さんの意向って?」
「恐らく、マルグリット・ガレ本人だ」
「ん? ああ、まあ不法侵入していたんだから、それはそうだろうな」
「そういう意味ではないよ。彼女の人脈や知識を取り込みたかったんだと思う。だが、学士会が表立って動いたら、彼女の商品に依存している顧客――学内の女生徒たちと敵対することになる。委員長は言っていただろう? 僕たちのことを『人気者で発言力のあるキミたち』って。要するに、ヘイトを集めにくい僕たちを使って、『たまたま巡回していたらたまたま不審者を見つけたので仕方なく処分しました』って形に持っていきたかったんだと思うよ」
「なんだ、それならそうと最初から言ってくれればよかったのに」
「以前、リュシアンさんが委員長の事をこう言っていただろ? 『変に逆らわず、提示された条件の裏を読めば、こちらの利益に繋がる仕事を引き出すこともできる』と。恐らく今回の仕事は、僕たちがそれを出来るかを見る『練習曲』でもあったんじゃないかな」
「……めんどくさ」
「ふふ、ルークが面倒な事は、全部僕が対処するからいいよ。……だから、ルークはちゃんと僕の隣に居てね?」
「おい、わかったから学士衣を引っ張るなって。ほら、見られているだろ!」
くすくす笑う相変わらず食えない幼馴染にため息をつき、俺は帰路につくのであった。
▶ 特命委員 Case 001 / 旧薬草園の怪 [解決済み]




