旧薬草園の怪 - 前
俺たちの学士会入りが決まってから、三週間ほど経った頃。学士会トップのシリル委員長に俺たちは呼び出された。
「やぁやぁ! 記念すべき『特命委員』の初仕事だよ! じゃぁ、キミ達も忙しいだろうから、早速本題に入ろうか。それとも天気の話でもする?」
「いえ、おかまいなく。シリル委員長こそお忙しいでしょうから、単刀直入にどうぞ」
クロードが爽やかな笑顔で対応してくれている。今日はもう任せていいかな。この人と話してると疲れるし。
「じゃぁ、早速だけどね。キミ達には、旧温室を見回りに行って欲しいんだ。簡単だろう?お散歩みたいなものさ」
「旧温室とは、北区画にある旧薬草園のガラス温室の事でよろしいですか?」
「そうだよー! いや実はさ、その旧温室で、夜な夜な不気味な光や妖しい香りが漂うって噂があってね。特命委員の初仕事として、サクッと原因を突き止めてきてよ」
「……そんな噂、初めて聞きました。ルークは知っていた?」
「いや、俺も初耳だ」
「だろうね! 噂の出どころは寮生からなんだ。今のところは口止めしているんだけど、それもいつまで持つかわからないし。レガリアの悪い噂が流れるのは、運営上よろしくないのは理解るでしょ」
「なるほど。……仕事内容を改めて確認させてください。最初におっしゃった、旧温室の”見回り”でしょうか?それとも、噂の”原因解明”でしょうか?仮に、噂が寮生の悪戯だった場合、旧温室の見回りは意味がないと思いますが」
「おっと、これは失敬!今回の依頼内容は、『旧温室を一回見回りするだけ』だよ!根も葉もないデマだった場合、存在しないモノを証明するのは困難だからね! いいかい? 見回りだけなら、既存メンバーで出来るのさ! 人気者で発言力のあるキミたちが『何もなかった』って言ってくれる事に価値があるんだ。だからこその『特別依頼』なのさ! 当然、実際に何か問題が発生していた場合には、君たちなら解決してくれるって信じているよ! 信じる心って大切だと思うんだ、そう思わない?」
「依頼内容は、承知しました。見回りの日時の指定はありますか?」
「日程は、一週間以内ならいつでも良いよ! だが、時間は22時~0時の間にしておくれ。噂の話だけど、夜遊びの為に寮を抜け出した悪い子ちゃん達が見た、という証言が発祥元なんだ。だから、その時間帯に合わせて欲しいんだよね。日程が決まったら、忘れずに一階の総合受付で夜間入館許可証を申請しておいてね。ボクからキミ達の事は話してあるから、日付の確認だけですぐ通るはずだよ」
う~ん。別に委員長さんの言う事に、不自然な事はないと思う。
クロードが俺に目配せをしたので、ゆっくりと頷いた。
「はい。それでは、受けさせていただきます。報告に関しては、どのような手順で?」
「口頭!やはり学生らしく口頭がいいね! キミ達も、少しは紙の購入に逡巡する貧乏学生の気持ちを味わってみるといいよ。そう、それが社会勉強というものさ! 巡回の翌日の午後三時に報告に来ておくれ!」
◇
「いや~、対応してくれて、クロードありがとな。んで、どうする?」
「……ん? ああ、そうだね。ごめん、少し考え事していたんだ。……口頭での報告というのが気になってね」
「たしかにな。記録に残したくない、という趣旨なのか、俺たちへの当てこすりなのか……。両方かもしれないし、こうやって俺たちを悩ませて楽しんでるだけかもしれない。ま、俺たちに不都合な事は恐らくないだろ?」
「ふふ、確かにそうだね。少し神経質になっていたようだ。さて、巡回を何日にするか決めようか」
「明日か明後日の夜はどうだ? 旧薬草園なんて、普段行くことないだろ?明るいうちに下見に行って、それから巡回に行こうぜ」
「たしかに、下見に行くのは賛成だ。どうする、いっそ今から行くかい?」
「そうだな、とっとと終わらそう」
執務室を出たその足で、俺たちは北区画の旧薬草園へと向かった。
薬草園が移設されたのは、俺たちが入学する何年も前の話だという。なんとなく場所と存在は認識しているが、用もないので立ち入るのは初めてだ。
クロードと雑談をしながら歩いていると、立ち並ぶ木々の隙間から、古びたガラス張りの大きな温室が見えてきた。あれが、例の『噂』の旧温室か――。
「ルーク、足元を見てくれ」
一緒に歩いていたクロードが立ち止まり、地表を指さした。
「……ん? 轍か?」
湿った土の上に、重い荷車を引いたような深い溝がくっきりと残っていた。雑草が生い茂る旧薬草園の小道には、明らかに不釣り合いな新しい痕跡だ。
「ああ。それも一度や二度じゃない。ここ最近、何度も同じ車輪が往復しているようだね。……それに、見てごらん」
クロードがかがみ込み、道端に落ちていた小さな木箱の破片を拾い上げた。よく見るとその表面には、金箔で刷られた優雅な刻印があった。
「なになに、ガレ商会? 聞いたことないな。クロードもだろ? いったい、俺たちが知らないような商会の箱が、なんでこんな廃温室の前に落ちてんだ?」
「さてね。放置されて薄汚れてはいるが、箱の木質は新しそうだよ」
「やれやれ。とりあえず、この旧薬草園は『放棄されて人が全く立ち寄らない場所』ではないことがわかったな。委員長さん、もしや、わかってて俺たちに仕事振ったのか?」
「……その方向で調査を進めた方がよさそうだね。『噂話』とやらも、どこまで真実やら」
「とりあえず、ここまで来たんだし、温室も見ておこうぜ」
温室の扉は、ガッチリとした南京錠でしっかりと施錠されている。
「うーん、入れないか。この鍵、誰が管理しているんだろうな?」
「中も全く見えないね……。遠くからだと、ガラスが経年で汚れているのかと思っていたけど、遮光シートが隙間なく張り巡らされているよ」
「壊して入るわけにもいかないしなぁ」
「……ルーク、今日のところはここまでにして、手分けしないかい? 明日の夜に改めて巡回しよう。僕は学士会館に戻って、鍵の管理状況の確認と、夜間入館許可証を申請しに行くよ」
「ああ、いいぜ。俺は何すればいい?」
「ありがとう。君はリュシアンさんに、今日の現状報告と明日の巡回予定を伝えてくれ。随行を頼む必要はないが、明日の夜の居場所の確認をね。可能であれば、何か起こった時のために研究員用宿舎にいて欲しいと頼んでほしいんだ」
「おう、それくらいなら任せておけ。ガレ商会の事はどうする?」
「……そこなんだよね。半年前に、学園都市の業者は全部総ざらいしただろう? ということは、ここ半年で学園都市に入ってきたか、――あるいは学園都市外の商会だ」
「ああ、なるほど。見たところかなり高級感のある箱だから、それなりに資本のある商会だろ。そんなところが新規参入してきて、二人揃って詳しく知らない方が不自然だな」
「そういうことだ。そして、学園都市外、下手したら国外の商会となると、期限の一週間で見つけ出せる保証もない」
「つまり、ガレ商会にこだわって初動を遅らせるよりも、明日にでもとっとと片付けちまう方が手っ取り早いってわけだな」
「ああ。だが、万が一のこともあるから、お互い帰宅したら家の者に心当たりがないかくらいは聞いておいてもいいかもね」
「わかった。じゃぁ、明日報告がてら一緒に登校しようぜ。俺がそっち行くから馬車乗せてけ」
「よろこんで。それじゃあ、明日またね」
◇
この時間なら居るだろう、と俺は大図書館の三階最奥に向かった。
リュシアンさんの指定席であるロングソファーを覗いてみると、案の定、リュシアンさんが自分の腕を枕にして寝ていた。
「リュシアンさーん」
少しだけ小さめの声で呼びかけるが、反応がない。
仕方ないので、ゆっさゆっさと肩を揺り起こしてみる。
「リュシアンさーん。お仕事ですよー。俺の報告、聞いてくださーい」
「……俺は今寝ているんだ。今度にしろ」
「もう、起きているじゃないですか。 ちょっと、学士会の依頼の話で相談があるんですよ」
「これは寝言だ。旧薬草園の巡回くらいお前らだけで出来るだろ」
「そんな寝言ないですよ! それがちょっと問題がありそうでして」
「じゃあ、お前らの魔法で旧薬草園を更地にすれば終わるだろ」
「そういうバイオレンスなので解決したくないんですってば、もうっ! 俺はただ明日の夜見回りに行くから、念のためリュシアンさんがフェロー・ロッジに居てくれると嬉しいな、ってお願いしたいだけなのに……」
くすん。俺とクロードの面倒を見る代わりに、学士会から結構ふんだくったっぽいのに、つめたくない!?
「あー、わかったわかった。明日の夜だな。ロッジに居りゃいーんだろ」
リュシアンさんは煩わしそうに片手をひらひらと振った。
「わぁ、やった! 約束ですよ!」
よしよし、これでクロードにいい報告ができるぞ!
「じゃあ、一応さっき下見に行ったんで報告をしますね。なんか、重いものを何回も運び込んだような深い轍があったんですよね。誰かが旧薬草園に出入りしているのは確定かと。しかも、『ガレ商会』って聞いたことのない商会名の書かれた木箱まで落ちていたんですよね……」
「――ナニ商会だって?」
「ガレです、ガ・レ! そんな商会、学園都市で聞いたことないから何だろうねってクロードと話していたんですよ」
「ガレ商会……。ガレ商会か……」
リュシアンさんが、前髪をかき上げながらお目覚め(?)になった。
「もしかして、知っているんですか? リュシアンさんの出身国の商会とか?」
「いや、全然思い出せねー」
「なんだ、やっぱりリュシアンさんも知らないですか」
「だが、何か聞いたことある気がするんだよな……なんだ? 思い出せないのが気持ち悪ぃ」
「何か断片的でもいいんで情報ありません?」
「わっかんねぇな……。ただ、悪い情報では無かったはずだ。ガレ商会……ガレ商会……」
記憶力のめちゃくちゃいいリュシアンさんがこれじゃあ、ガレ商会から探るルートは早めに切り捨てて正解だったかもな。
「わかりました、ありがとうございます。では、俺は今日は帰るので、明日は絶対に遊びに行かないでくださいね! さようなら」
思考の海で潜水を始めたリュシアンさんに別れを告げ、俺はその日の帰路についた。




