委員長
シリル・フォン・ヴァイル、22歳。モルダウ公国のヴァイル伯爵家の三男坊。特に華々しい功績もなく、リュシアンさん曰く「政治手腕だけで委員長をやっている男」――
今、俺とクロードの前にいる男こそが、そのシリル委員長だ。
「やぁやぁ、こうしてお話をするのは初めてだよね? ボクみたいな地味な一般生徒からしたら、君たちみたいな学府きっての有名人なんて近づきがたくってね。さぁ、お茶でも飲んで、リラックスしておくれ」
リュシアンさんの事前予告通り、休み明け早々に俺とクロードは、学士会館に呼び出された。
今俺たちは、学士会館の二階にある委員長の個人執務室で、お茶を出され、もてなされている。約1,200名の学生の頂点に君臨する、五人の学士会幹部にはそれぞれ個人執務室が与えられるのだ。
そういえば、あの夢でクロードがコレットとペッティングに興じていたのも、学士会館の個人執務室だったな。うへっ、嫌なこと思い出してしまった。
学士会館は寮棟一棟分ほどの面積を擁する、地上二階・地下一階建ての建物だ。一階はパブリックな行政・実務エリアで、二階が限られた学生だけが利用できる、執務・社交エリアとなっている。
「お気遣いありがとうございます。それで、シリル委員長。お呼び出しのご要件は何でしょう?」
クロードが、いつもの爽やかスマイルで対応している。こういう場は、基本的にクロードに任せておけばいいって経験上知っているので、俺は適当に「きりりっ」って顔をして、たまに相槌でも打ちながら座っていればいいだろう。
「いやだなぁ、『シリル委員長』だなんて、堅苦しい呼び方やめてよ。ほら、ボクみたいな嫡男でもない伯爵家の三男なんて、二人からしたら有象無象って感じでしょ? もっと気楽に、さ。――ほら、フェロー・リュシアンと仲良くしているみたいに、さ」
そう言ってシリル委員長は、狡猾な狐を想起させるような切れ長の瞳を細めた。
「――うん、なんて、ね。ごめんごめん。初対面で図々しかったよね? 気にしないで、ボクの事は好きに呼んでくれていいよ~。ホント、天才最年少フェローとボクを同列に扱って欲しい、みたいな事言っちゃって、恥ずかしいな~。ボクがこんな事言ってたなんて、三人だけのヒミツ、だよ?」
なんだろう、すっごく、気味が悪い。
コレットに対する嫌悪感とはまた別なんだけど、上手く言語化できなさすぎる。何が本当で何が嘘で、何が称賛で何が嫌味なのか。全ての言葉が渾然一体となっていて、どこまで本気なのか、この人の本質がまるで読めない。
まさにヴァイル家の紋章である柳のような人だな。風を受け流し、気づけば足元に根を絡ませてくる。
「それで、『お呼び出しのご要件』なんだけどさ、どうする? なにがいい? 何も考えていないんだけど」
「……はい?」
思いがけない言葉に、クロードの笑顔が少し崩れた。だが、それもわかる。どんな無理難題を言われるか、そこそこ覚悟して来ているからな。
「あ……あは、あーっはっはっはっは! 驚いた? ねぇ、驚いちゃった? ふひひ、ごめんね、驚かすつもりはなかったんだよ? でもさ、『用事が無いと呼び出してはいけない』なんて学則はないじゃない? んふふ、だからね、ほら。いいよ? ボクが何の用事で呼び出したんだったら、うれしい? 好ましい? 納得ができる? キミの願望を、ボクにキかせておくれよ」
なんだこいつ。本当に闇討ちした方がいいのでは? ってか、こんなのが学生の代表やってるの、やばくない? クロードに任せっぱなしにするの悪く思えて来たな。
「はーい、シリル委員長」
俺は元気に手を挙げてみた。
「ん~? はい! ルーク・フォン・ヴェルディエ君!」
「俺たちに用事はなくても、会いたかったんですよね?」
「いい線いってるね、キミ! 紅茶に黒蜂蜜酒はいかがかな?」
「どうも、今は甘いの大丈夫です。俺たち、会ってみてどうでした?」
「そうだね、そうだね。どうして、どうして。なるほど、二人は一緒なのがいいんだね!」
何か一人で納得している。機嫌、いいのか? もうわからないなこれ。
「じゃぁ、いつから学士会に入るかい?」
何か、突然話が変わったぞ。
「えっと、結局それが用事だったんですか?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。だがね、キミ達、もう上級学部になってから半年は経ったろう? 諸公国連合の筆頭であるレオポルド大公国の侯爵家二人には、どのみち学士会に入って貰わないと、パワーバランスが崩れかねないからね」
いきなり普通のこと言い出したな。
「ちょうどね、先の『春の公開討論』で卒業したメンバーがいるから、枠は余っているんだよ。ちなみに、一般委員の職務内容は、今君たちが割り振られている『奉仕活動』の役職を一段階上げたようなものかな。ただね、君たちのように目立つ人気者を一般委員にしてしまうと、逆に仕事が増えるんじゃないかって意見も出ているんだ」
なるほど。一般委員は学士会の中では下っ端だ。管理運営がメインの幹部と違って現場仕事がメインだから、そこで無用なトラブルが起きる事を懸念しているわけだな。
「だからね、君たちが学士会に来てくれるなら、ボクからプレゼントを用意しようと思ってね」
「プレゼントですか……?」
「そう、それはね、ぱんぱかぱーん!『特命委員』の座だよ!」
これきっと、リュシアンさんが春休みに言っていた話だよな。やっと本題に入ったってとこか。
「ボクから、定期的にキミ達に、キミ達向けの依頼をする。それをこなしてくれればいいだけさ」
「……シリル委員長の、直属という事になりますか?」
クロードが冷たく目を光らせた。闇討ちの算段始めていないよね?
「依頼はボクからだけど、厳密には直属とは少し違うかな~。なんと! オブザーバーとして、フェロー・リュシアンに打診済みだよ! フェローが無理だと判断した業務は振らないからさ。難しそうな依頼の時には随行もしてもらえるよ! 多分だけど、そこは交渉を勝手にやってね。でもこれなら、キミ達も安心でしょ? もう、こっちも頑張ったんだからね? フェロー相手に口頭試験関連の業務代行だの、研究費の融通だのって、ここまでやってノーと言われたら、ボクどうかしちゃうかも。よよよ」
「復唱させていただきますね。まず、学士会へ、僕とルークの参加。役職は特命委員となる。仕事の依頼は、都度シリル委員長から依頼される。……依頼ペースと達成時の学術評価ポイントが不明瞭ですね。依頼内容は全てフェロー・リュシアンのチェックが入り、無茶な依頼は却下される。また、僕たちのみで達成困難な場合はフェロー・リュシアンに助力を請える、と」
「そうそう、依頼ペースはね、多くても月一くらいかなぁ。どうだろ、わからないけど。でもさ、本当に特例なわけよ。君たちに仕事たくさん与えて、その分学術評価ポイントもたくさん入ったら、他から贔屓だ! って突き上げ食らっちゃうかもしれないからさ~。逆に、仕事が全然ないな~、これじゃポイント貯まらないな~って時もあるかもしれないよ? そうしたら、言ってくれれば、書類整理とか軽い仕事を回す事も可能だし」
なんか、別に悪い話でもない気がするよな。どうせ学士会にはそのうち入るだろうと思ってたし。この人が信用できないってのが問題なんだけど。
「――今すぐ、返答が必要でしょうか?」
「う~ん、そうだねぇ! 三日以内にお返事欲しいかな! あまり待たされると、ほら、『学士会に入る事を渋るなんて、学士会を見下し、学園の秩序を乱す行為だ』とか言い出す困ったちゃんがいるのよ。ボクも強く止められないの。だって、学士会に入っている事でしかアイデンティティを示せない可哀想な子を守るのも、ボクの務めだからさぁ! 顔もいまいち、頭は平凡、凡庸なソーサラーで、継ぐ爵位もないとかって、かわいそうな人がいっぱいいるの! あれ、なんかボクの自己紹介しちゃったみたいだね! ははははは!」
「ご安心を、三日もかけませんので。前向きに検討して、明日中にはお返事させていただきますよ」
「いいね! 前向き! ボク、前向きって言葉好きだなぁ。じゃぁ、明日ね。大体ボクはここにいるから。いなかったら、誰かに言付けでも残しておいて」
俺とクロードは、委員長の個人執務室を出て、ふぅと息を吐いた。
「なんつーか、あんな人だったんだな。リュシアンさんも、教えてくれればよかったのに。――でも、明日の返事でいいのか?」
「委員長も言っていただろう? 結局僕らは、学士会に入るしかないんだ。だが、即答するのもシャクだから、もったいぶっただけだよ。かわいらしい意趣返しみたいなものさ」
「学士会がどうのってより、あの人と関わらないといけないのがなぁ。先が思いやられるよ」
「ふふ、リュシアンさんも言っていたでしょ? 最悪――」
「ああああ! 聞こえない! 聞こえないからね!」
こうして俺とクロードの、学士会入りが決まったのだった。




