お馬さん
今日は、俺の新しい乗馬用の馬が届く日だ。
入学した当初、実家から連れてきた馬では、体が大きくなった俺には少々小さくなってきた。そのため父に「そろそろ大人用の馬を一頭送ってくれ」と頼んだのが、昨年の話だ。
春休み以降になるかと思っていたのだが、気を利かせてくれたのか、思ったよりも早く到着するらしい。
神胤諸公国連合において、貴族の乗馬用といえば、北隣のアルテンブルク公国を原産とするアルテンブルク種が有名だ。
細身で脚が長く、軽快な歩様と美しい毛並みを持つ。特に高位貴族の間では、式典や公式行事に連れて出ても見栄えがすると人気が高い。
特に何も言っていないが、今までの馬もそうだったから、同じアルテンブルク種が届く事になるだろう。
クロードに今日馬が届くという話をしたら興味があるというので、大学帰りに寄っていくことになった。クロードも来月あたりには新しい馬が届くらしい。
「どんな毛色だろうね。アルテンブルク産なら、綺麗な毛並みの血統かな」
「さあな。乗りやすければ何色でもいいんだけど」
午後のゼミが終わる頃にはとっくに到着しているはずだ。そんな会話を交わしながら、二人で邸の厩舎へ向かったのだが……。
なんか、思ったのと違う。
六頭入る我が家の厩舎は、馬車用の四頭と俺の乗馬で五つが埋まり、残りは一枠しかない。
ところが、その一枠にも見慣れない尾花栗毛の馬が収まっている。その上、馬房の前にはもう一頭、見たこともない巨大な黒馬がいた。
一般的なアルテンブルク種より一回り大きく、胸や首回りもずっと逞しい。足元には長い飾り毛。艶のある漆黒の馬体に、豊かな鬣と尾が流れている。大柄で力強いのに、妙に姿が整っている馬だ。
「へぇ、珍しい馬だね。艶のある漆黒の毛並みに、マットな質感の鬣のコントラストがとても美しいよ」
クロードが感心したようにその馬を見上げる。
「いやいや……俺は普通の馬で十分なんだけど。というか、なんで二頭増えているんだ? これ、なんだ?」
首をかしげる俺たちの元へ、困り顔の執事が一通の手紙を恭しく渡してきた。父上からの添え状だ。
封を開けて目を通すと、そこには雑な字でこう書かれていた。
『西方の商人が珍しい馬を引いていたから買ってみた。お前が「デカい馬がいい」と言っていたし、丁度いい。面白そうだろ?』
「……だそうだ」
手紙を読み上げると、クロードが楽しそうに忍び笑いを漏らした。
「ふふふ、おじ様は相変わらず豪快だね」
「豪快で済ませていい問題なのか……?」
手紙の続きによれば、アルテンブルク種の方は貴族としての体面が必要な行事用として一緒に送ったらしい。気が利くんだか大雑把なんだか分からない。
改めて馬房で大人しくしていたその馬を見ると、美しい尾花栗毛だった。艶やかな金の鬣と尻尾を揺らす姿は、どことなく隣に立つクロードを連想させた。父上の手紙によると、こいつは『オーレリアン』という名らしい。
「しかしこれ、どうすればいいんだ? 新しいのに慣れるまで、前の馬も暫く残しておきたいしなぁ」
「ルーク、しばらくうちで預かろうか? 馬房にまだ空きはあるから」
「えっ、いいのか?」
「ルークとおそろいの色をした馬を、外に出しておくなんて可哀想だ。正式な場で必要になりそうなアルテンブルク種は手元に置いておきなよ。これから移動するかい?」
「ああ、執事と馬丁にちょっと説明してくるわ」
一応問題なさそうか確認したところ、馬丁も一緒に行ってきちんと引き継ぎをすること、世話にかかる費用は執事側で上手くやっておいてくれるって話で落ち着いた。
俺とクロード、それに馬丁に引かれた馬でクロードのタウンハウスに向かう。改めてこういう時、近所だと便利だよな。
「あ~、馬の名前も決めないとなぁ」
「名前はまだないのかい?」
「手紙には何もなかったな。『西方のデカい馬』って事しかわからん」
「ふふっ、西方ってだけじゃ、広すぎてどこの事だか全然わからないよね」
本当だよな。三百年前に帝国が崩壊してから、俺達の先祖である旧帝国人は少しずつ東に移動し、今現在の神胤諸公国連合が誕生した。
理由は、帝国崩壊のきっかけとなった旧帝都こと現在の『死都』から少しでも離れるためだ。そのため、神胤諸公国連合はエウロギア大陸でもかなり東に位置している。だから父上の言う『西方』なんて、大陸の三分の二近くが該当してしまう。
そう考えると、この馬は俺の先祖と同じ景色を見てきたんだろうな。
そんな風に俺の意識がセンチメンタルジャーニーしている間に、クロードの家に着いた。
「ねぇルーク、僕の馬も出すから一緒に軽く馬場で馴らさないか?」
「ん? おお、そりゃいい。俺んちよりこっちのが広いしな」
クロードの家の裏手にある馬場は、数代前に乗馬好きがいたらしく、通学用に建てたタウンハウスとしては広めにとってある。
馬丁から渡された馬を撫でながら待っていると、クロードが愛馬とクロードの家の馬丁と共に現れた。
「お待たせ」
「こちらの黒い馬でございますか。アルテンブルク種より大きいですが、問題なさそうですね」
何か馬丁同士話すことがあるのだろう、俺の家の馬丁と共に厩舎に去っていった。
「さて、クロードの馬とも久しぶりだな。こいつの名前なんだっけ?」
「どうせ言ってもまたすぐ忘れるんでしょ?」
「……バレたか」
「この子とも、あと一ヶ月くらいになるからね。都合がいいかもしれないけど、急に寂しく思えてしまって。……なるべく、乗ってあげたいんだ」
「領地から一緒に来たんだもんな。三年以上の付き合いにもなれば、思い入れも深くなるさ」
「ふふっ。領地に行けば会えるし、今生のお別れでもないのにね。ルークは割とさっぱりしているよね」
「まぁ、それこそ領地に行けば会えるしな。領地の広い敷地でゆっくりさせてやるのも、一つの愛情の形さ」
「うん、そうだね……。この子も、領地の方がのびのび走れるだろうし」
クロードはそう言って、愛馬の首筋を二、三度撫でた。
「それにしても、ルークの新しい子は本当に大きいね。早く乗ってみなよ」
「おぉ、そうだな。よし、乗ってみるぞ」
あぶみに足をかけ、ぐっと体を持ち上げて跨がる。手綱を引いて歩かせてみると、見た目の重厚さに反して歩様は思いのほか滑らかだ。何より、この大きな馬体には妙な安定感がある。まるで走る城壁に乗っているような安心感だ。
「どうだい、ルーク?」
クロードも馬に乗って俺の隣に来た。
「あぁ、アルテンブルク種ほどの軽やかさはないかもしれないが、安定していて乗りやすいぞ。しかし、随分おとなしいな。もっと暴れるかと思った」
「長旅をしてきた馬なら、人に扱われることには慣れているのかもしれないね」
「なるほど。見た目によらずベテランなのか、お前」
お互いの声が聞こえる距離で歩かせながら、俺は呟いた。
「『ノワール』……、『ネロ』……、違うなぁ」
「なんだい、ルーク?」
「いや、預けるにしろ、こいつの名前くらい決めてやらねばと思ってな」
「そういう事か! どんなイメージでつけたいんだ?」
「そうだなぁ、『黒くて大きくて強い馬』って感じかなぁ」
「ぷっ、ふふふ、そのまんまじゃないか」
「だってなぁ。今さっき会ったばっかりだし」
「なら、『アイゼン』とか『タイタン』はどうだい?」
「強さに振りすぎじゃないか? ごつすぎるっていうか」
しばらく乗馬を楽しみながら、あーでもないこーでもないと話し合い続け、結局あてずっぽうに挙げた名前の時に、この黒馬は嬉しそうに鼻を鳴らした。
「……今、『アルカン』って言ったとき、こいつ返事しなかったか?」
「ふふ、気に入ったみたいだね。決まりだ」
「ああ。しばらくクロードのところに預けるけど、ちょいちょい様子みに来るから、これからもよろしくな、『アルカン』!」
新しい相棒に名前も決まりスッキリしたところで、俺たちは夕暮れの馬場で、しばらく二頭を走らせて風を楽しむのだった。




