男子会
ぼんやり外を眺めていると、気づけばマイクが人の流れを誘導している。
この分なら、騒ぎの片付けは大丈夫そうかな。そんなことを考えていると、ドスッと背中に体重がかかった。
「おい、俺はもう飽きた。十分だろ、撤収するぞ」
「リュ、リュシアンさん、重い……。もう、解散でいいんですか?」
見ると、クロードとライナーとマイクもいる。バルトとハンクは例の二人を連行して、大学内の警備隊の詰所に向かったんだろう。
「今日はお疲れ様でした。何かあったら詰所に来てください。明日でしたら、三人の誰かしらはいるようにしておきますので」
「マイクも、色々ありがとう。二人にもよろしく伝えておいて」
「いえいえ。今日はスゴイ物も見られちゃったし、警備隊仲間に自慢できそうですよ、ははは。自分は念のため、最後に近辺を一回りしてきますので。それでは、失礼します」
人当たりの良い笑顔で、マイクは去っていった。
「リュシアンさんは、この後予定あるんですか?」
「撤収だって言っただろ」
「予定ないなら、うちに来ません?馬車も近くに待機させてますし。ライナーも泊まるし、クロードも来るだろ?」
「うん、僕もおじゃましようかな」
「飲み足りないんじゃないですか?結構いい蒸留酒とか置いているんですけど、家でサロン開いたりも今のところしていないので、全然減らないんですよ。リュシアンさんが好きなくさいやつもあったはずですよ」
「臭いんじゃない、スモーキーって言うんだ、ガキ舌」
「当然、明日も侯爵家の馬車で送るので」
「ふん。侯爵家のベッドの寝心地を確認しに行くのも、悪くねぇかもな」
「やったー!」
「ふふ、ルークはほんとに、リュシアンさんの事が好きなんだね」
リュシアンさんって個人主義だから、俺の家の爵位よりも俺のことをみてくれる感じだし。年が近いお兄さんって感じで安心して頼れるんだよな。出身国が違うから家門のしがらみがない、ってのも大きいけどさ。
「この先の広場に、俺とクロードの迎えの馬車が待機しているはずなので。行きましょう」
馬車には、クロードとライナー、俺とリュシアンさんとで分かれて乗った。ライナーに聴取の続きでもするのだろう。クロードは、緊張で青い顔をしているライナーを引っ張って馬車に乗り込んで行った。
「もう、臭いが付いちゃって、早く着替えたいです」
「すぐだろ、我慢しろ。あっちのガキのが悲惨なんじゃねぇのか? 何か知らんが死にそうな顔してただろ」
「ライナーですか。彼、子爵家だからって結構遠慮するところがあるので」
「そうか、あいつ子爵家か。家門の割に出来が良すぎるのも考えものだな」
ヘイジングの事を言っているんだろう。そういえば、ライナーを助けたときはリュシアンさんと一緒だったな。
「ライナー、どうです? 討論演習で見ることもあるんじゃないですか?」
「ああ、下位学部の中でなら、一番マシなのは間違いないな」
おお、どうやらライナーはリュシアンさんも認める程に優秀らしい。これは、本当に入学から2年で学位を取れてしまうかもな。
リュシアンさんと雑談をしていたら、あっという間に家に着いた。時間は22時をまわった所だ。執事が出迎えてくれる。
「お帰りなさいませ、ルーク様。ご巡回、お疲れ様でございました」
「ありがとう。早速だけど、フェローのリュシアン・フォン・グラフェンベルクさんと、後輩のライナー・フォン・ロゼンタールだ。クロードと三人、今日は泊まってもらうことにしたから」
「かしこまりました。グラフェンベルク様を上級客室へのご案内でよろしいでしょうか」
「うん、それで頼むよ。先に入浴の準備を。その後でサロンに集まるから、お酒の準備も頼むよ」
俺の注文を聞き終えた執事は、手早く使用人に指示を出し始めた。
「それじゃあ、各自さっぱりしてから後でサロンで合流しましょう」
◇
俺がサロン室に入ると、既にライナーがいた。緊張しているのか、縮こまっている。
「どうした、ライナー。もっとこっちの暖炉に近い席に来いよ」
「はい、いえ、大丈夫です。ありがとうございます。あの、こんな着替えまで用意していただいて……」
ライナーは、宿泊客向けに用意されたナイトガウンをぴっちりと着ている。
「気にすんな。下着も新品だから、安心しろ。俺のお古とかじゃないからさ、ははは。明日の朝には、着てきた服も整え終わっているはずだ」
俺の軽い調子に多少はリラックスしたのか、少しライナーの表情が緩んだようだ。よかったよかった。
ライナーと談笑していると、クロード、そしてリュシアンさんの順でサロンへやってきて全員が揃った。
リュシアンさんは風呂上がりで少し寛いだ様子ながらも、当然のようにソファーの特等席に腰を下ろしている。その手には、チューリップ型の小さな蓋付きグラス。軽くグラスを揺らしてから蓋を外すと、立ち上る濃密な香りに満足そうに目を細めている。
「流石だな。流通の限られた、ヴァルケンベルク産の二十年ものなんて、滅多にお目にかかれないぞ」
どうやら約束の酒は、リュシアンさんのお眼鏡にかなったらしい。あんなに不機嫌だったのが嘘のように、ご満悦の様子だ。
「僕たちもせっかくだし、軽くお酒をいただこうか。執事、例のバターを入れたホットカクテルを三人分頼めるかい?」
クロードの言葉に、執事が手際よく厚手の硝子カップを用意する。
温められたカップに注がれたのは、南方の甘黍から造られた琥珀色の蒸留酒。そこに香辛料と蜂蜜、そして最後にひとすくいの濃密なバターが落とされ、仕上げに注がれた熱湯で一気に溶かし込まれていく。
ふわりと立ち上る湯気とともに、シナモンの甘やかな香りと香ばしいバターの匂いがサロンに広がる。
シナモンの枝でくるくるとかき混ぜ、フーフーと息を吹きかけながら一口含んだライナーが、ぽかんと目を丸くした。
「……うわ、美味しい……。甘くて、すごくあったまる……」
「口に合ったようで、なにより。元々、外で冷えた身体を温めるための酒だからね。この甘さとバターのコクが一番効くんだ」
緊張が解けて口元を緩めるライナーを見て、クロードも満足そうに微笑む。
一方のリュシアンさんは、ホットカクテルを楽しんでいる俺達を横目に、執事が気を利かせて持ってきた葉巻保管箱の中身を、機嫌良さそうに物色している。
「当家最高の保管品をご用意いたしました。お気に召す太さや香りはございますでしょうか」
「そうだな……太くて重めのが好みだ」
「かしこまりました。ではこちら、新進気鋭のブレンダーによる南洋産の熟成葉を用いた一品でございます。甘く重厚な――」
「ふぅ。しかし、今日は色々あったね……」
クロードが小さなため息と共につぶやいた。
「そうだ、おい、ガキ。……ライナーって言ったか。お前、俺の用件で外泊させたことにしておくから、大学側には話を合わせておけよ」
「はっ、はい! お手数をおかけして申し訳ございません! ありがとうございます……!」
「いい。その方が楽なだけだ」
ああ、ライナーを無断外泊で処分するより、フェロー権限で連れ出したことにした方が、書類仕事が少ないのか。この人も、どこまでもブレないというかなんというか。
「しかし、あの料理……『何とか焼き』だっけ? よく知ってたな」
俺が感心したように言うと、ライナーは少し恥ずかしそうに顔を赤くした。
「いえ、薬草を使った料理だったので、たまたま……。私は、上位学部に行ったら、本草学・博物毒物学に進みたいと思っておりまして……」
「そうか。しっかり目標があるのは良いな!……勉強環境の方は、どうなんだ?」
ライナーは今日、酒を飲んで大騒ぎする寮生たちに辟易し、逃げ出したと言っていた。俺の質問に、困ったように俯くライナーの様子を見て、クロードが問いかける。
「相部屋の相手に問題があるのなら、寮監に申請して変えてもらったりできないのかな?」
「それか、いっそ学園の近くに部屋でも借りるとかさ」
俺たちの言葉に、ライナーは苦笑いを浮かべて首を振った。
下位学部生が生活を送る学寮は、大学敷地の東区画にある。一棟あたり約80名を収容する学寮が、東区画だけで五棟建っている。下位学部約700名の生徒のうち、半数以上が寮生活を送っている。
「環境の良い部屋は、より高位の貴族や、寄付金を多く払った家柄の生徒から優先されますので……。それに、個人で部屋を借りるような余裕は到底……」
俺にもクロードにも、下位貴族や平民が多く送る寮生活の実態というものが、いまいちピンとこない。名案だと思って口にした提案も、ライナーにとっては見当違いなだけだったようだ。
すると、葉巻の煙を満足そうに舌の上で転がしていたリュシアンさんが、静かに言葉を放った。
「おい、お前。あと一年で学士を取れ」
「え……?」
唐突な言葉に、ライナーも、そして俺とクロードもきょとんとしてしまった。
「『学士進学特待生』を狙え。特待生になれば、勉学用の個室が与えられる。……俺が推薦してやってもいいが、俺もまだジュニア・フェローだ。教授陣の老耄共を納得させるには、それ相応の理由が必要なんだよ」
リュシアンさんは、葉巻をゆっくり一口吸って紫煙をくゆらせながら続けた。
「だから、一年だ。お前なら……来年の春の口頭試問に間に合うだろう。まあ、ギリギリだろうがな」
「一年……。進級時特待生……」
ライナーはリュシアンさんの言葉を噛みしめるようにつぶやいている。やがて、その翡翠色の瞳に強い光が宿り、まっすぐに前を向いて誓った。
「……はい! フェローに示していただいた道を、全力で進みます! 必ず来年の春には学士位を取得し、上位学部に進んでみせます!」
リュシアンさんは、満足そうに微かに口元を緩めている。俺とクロードも、顔を見合わせて笑い合う。
ライナーなら、きっと有言実行してみせるはずだ。
「ところでリュシアンさん、あの二人の処分って、どうなるんですか?」
「せいぜい、警備隊詰所で一晩頭を冷やさせて、解放ってところだな。後は保護者へ連絡して損害賠償請求だ。……賠償額の計算と報告書の作成は、お前らの仕事だからな?詳しくは、明日マイクに聞きに行け」
それを聞いていたクロードが、温かいグラスを傾け、穏やかな笑みをたたえたまま食い気味に尋ねた。
「放校にはできませんか?」
「……あいつらに、何かあるのか?」
「実は――」
クロードは、中央庭園でコレットが俺に話しかけたこと。学生街で、俺達の後を三十分以上つけ回した事。俺達を許可なく名で呼んだことを伝えた。
リュシアンさんは呆れたように紫煙を吐き出した。
「おいおい、なんだそりゃ。舐めた平民だとは思ったが、いくらなんでも常識が無さすぎるだろ」
少し思案するように天井を見上げると、言葉を継ぐ。
「しかしな。アイゼンヴァルドって名前、たしか寄付金積みまくって入った豪商だろ?流石に、ボヤ騒ぎ程度じゃ放校に持っていくのは難しいだろうな。大学も、いつも金欠――というか、金なんていくらあっても足りない。むしろ今回の件を幸いと、親からさらに金をむしり取る口実に利用するはずだ」
がめつい、とは言えないのが悲しいところだ。数々の貴重な文献の収集、広大な敷地と設備の維持費、研究費に人件費。学問に終わりがない以上、大学の金食い虫ぶりは留まるところを知らないのだ。
「でもまぁ、今日は面白いモノも見られたし、な。ルーク」
リュシアンさんは、探求心と知的好奇心を滾らせた目で俺を見る。
「す、凄かったです! 一瞬であれだけの人たちを傷つけずに足止めするなんて……!」
ライナーは、興奮で少し顔を赤らめている。
「うーん、俺的には、そんな大したことした感じでもないんだけど」
「ルークは、昔から魔法制御が得意だものね」
「しかも、あれだけの規模の魔法を行使して、魔力の消費すらほとんど感じさせなかったじゃないですか!」
熱弁するライナーに対し、リュシアンさんが紫煙の向こうから冷ややかに、しかしどこか満足げに言葉を挟んだ。
「まだまだ甘いな。俺の見立てだが、あの魔法の威力は本来、あんなもんじゃない……。だろう?」
リュシアンさんの言葉に、思わず苦笑いした。
「はは……。まぁ、一般人相手ですからね」
「ふん、ヴェルディエ家の血統魔術で第五階梯というところからして、指定区域から熱をまとめて奪う類だろ。本気でやれば、あの程度の人数なら凍傷どころじゃ済まねぇ」
「だいたい合ってます。今回はかなり絞りましたけどね。しかし、リュシアンさんが同行してくれていてよかったですよ、ほんと――」
その後も心地よい熱気の中で軽く雑談を交わし、リュシアンさんが葉巻を一本吸い終えた頃合いで、今夜の男子会はお開きとなった。
今日一日の心地よい疲労感と、胸に宿るささやかな高揚感に包まれながら、俺は自室のフカフカなベッドで意識を手放したのだった――




